Yahoo!ニュース

隠すのも見せるのも苦しい——脱毛症の女性ダンサーが語る、かつらの下の葛藤と解放への道のり#病とともに

遠枝澄人ビデオグラファー

ダンサーの遠枝恵実(38)は、円形脱毛症のなかで最も症状が重い汎発(はんぱつ)型脱毛症(全身脱毛症)を抱える。4歳のころ髪の毛が抜け始め、まゆ毛やまつ毛を含め全身の体毛がない。学校ではかつら頭を男子にからかわれ、女友だちとの髪の毛の話題が苦手だった。髪がないことを周囲に隠す違和感はどんどん増していく。「『かぶっていることがバレたらどうしよう、嘘がバレたらどうしよう』という恐怖の方が、『毛がない自分が嫌』っていう気持ちよりも勝ってた」。ダンスとの出会いで表現する楽しさにのめり込むが、かつらで動きは制限され、隠しているいらだちが募る。2013年、知り合いがいないキューバでのダンス修行を機に、かつらを外すことを決意した。「女のいのち」と髪を女性らしさの象徴とする社会を、彼女はどう生きてきたのか。夫のビデオグラファー遠枝澄人が報告する。

(敬称略)

4歳で発症、小学生でかつら生活

幼稚園のクリスマス発表会
幼稚園のクリスマス発表会

幼稚園の卒園アルバムをめくると、髪がまばらになった恵実の姿が目をひく。友人にはさまれて、1人だけ帽子をかぶっているものもある。4歳のとき受診した皮膚科では、アレルギー性の脱毛症と診断された。アレルゲンへの抵抗力を高める治療を19年続けたが、通院の負担で足は遠のいた。現在まで回復にいたっていない。

小学校入学前、髪の毛のない娘のことで思い詰めた母は、児童相談所の帰り道に2人で電車に飛び込もうと思ったという。「やっぱり親は普通がいいからね。普通の子であってほしいと思ったんじゃないかな。小学校でいじめられる可能性もあるしね」

小学1年生の運動会
小学1年生の運動会

小学生になると、かつらをつけて生活し始める。「普通に友だちもいた」し、いじめられることはなかった。ただ、男子に「前髪上げてみてよ」とからかわれたり、突然髪を引っ張られたりして、その度にバレないように繕っていた。「髪は女のいのち」というテレビCMに影響され、女性としての自分を否定的に捉えるようになっていく。「もうかつらを取った状態の自分と付き合う人っていないのかなって」

女友だちの間で髪の毛の話題が出るたび、宿泊行事の入浴のたびに、髪があるように嘘をつく自分でいる違和感が増していく。「隠すと自分じゃないのに、隠さないと普通じゃない」。これが彼女の日常だった。

外見にもとづく差別はルッキズムとして問題視されるが、「外見がよい」という価値基準は、健常な身体が想定されていることが多い。彼女もまた、ルッキズムの恐れにさらされてきた。社会を覆う美しさの基準は、多数派に有利に偏ることで誰かが不利になる。ときに自分の存在を否定された気分になってしまう。

ダンスとの出会い かつらが制約する自由な動き

高校時代、テレビで観たブリトニー・スピアーズの華やかなパフォーマンスに憧れ、録画したビデオテープを何度もスロー再生して振りを覚えた。社会人2年目の冬には、日本で活動しているキューバ出身のコンテンポラリーダンサー、ナルシソ・メディナの舞台に感銘をうける。「足が上がってきれいとか、身体的なものというよりは、一つひとつの体の流れが、『ああ美しいな、すごいな』って思った」

右がナルシソ・メディナ。コンテンポラリーダンスのクラスでは、カツラが外れることを気にしてニット帽を着用することもあった。
右がナルシソ・メディナ。コンテンポラリーダンスのクラスでは、カツラが外れることを気にしてニット帽を着用することもあった。

彼のクラスに通い始め、ダンスに没頭した。首を動かさなければ、踊りはやわらかくできない。だが、かつらがずれないようすると、それができない。動きが制約されることにいらだちを感じていた。「好きなダンスやってる時に、制御して動く……。何をしているんだろう、何のためにつけてるんだろうって感じだったかな」。当時の練習や発表会の映像には、無意識にカツラを気にする仕草が映っている。「いつかとろうと思ってた。隠していることがつらかったかな」

汎発型円形脱毛症(全身脱毛症)の現状と患者が直面する課題

「10円ハゲ」とも呼ばれる円形脱毛症は、ストレスによるものと思われがちだ。ただ、はっきりした原因はわかっていない。よくなったり悪くなったりを繰り返すため治療の成果を検証しづらく、効果的な治療法は確立されていない。最も症状が重い「汎発型」に進行すると、全身の体毛がすべて抜け落ちてしまう。そうなると、回復率は10%以下になってしまうという。

米国での調査によると、円形脱毛症の発症頻度は1 万人あたり20.2 人(日本皮膚科学会円形脱毛症診療ガイドライン2017年版)。そのうち汎発型の患者数について、皮膚疾患が専門の東京・代々木クリニックの権東明医師は「円形脱毛症患者の1割にも満たないくらいでしょう」と推定する。

著名人では、元プロ野球選手の森本稀哲(ひちょり)が小学1年生で発症したが、高校時代に回復したことを公表している。お笑い芸人の餅田コシヒカリも、頭の一部が脱毛する蛇行型の円形脱毛症を患い、かつらをつけていることを明かしている。

恵実の医療用かつら。現在は証明写真の撮影時などに着用している。
恵実の医療用かつら。現在は証明写真の撮影時などに着用している。

かつらをつければ、見た目では疾病はわからなくなる。一方で、着用を周囲に悟られまいとする精神的ストレスを抱える。お笑いに限らず、「ハゲ」や「カツラ」は嘲笑の的とされてきた。髪を女性の美の象徴とする社会で、髪をもたない女性がその姿をさらすことはもちろん、喪失の経験を明かすことも困難な現状がある。かつらを着けなければ「がん患者」や「ストレスに敏感な人」と誤解されたり、就職に不利になったりすることもある。

かつらの着用は不快感をともなう。比較的負担が少ない医療用かつらは高額だ。人毛を使ったものは数十万円するうえに消耗品であり、義髪は義手や義足と違って健康保険が適用されない。このため、難病指定による研究予算の拡充や医療用かつらの費用補助を求める署名活動が、患者や家族らによって行われている。

「かつらを外したい」 キューバで得た自信と開放感

キューバの首都ハバナのダンスレッスンに向かう道。2年間、毎日のように歩いた。
キューバの首都ハバナのダンスレッスンに向かう道。2年間、毎日のように歩いた。

2013年、恵実は勤めていた民間企業を退職し、2年間のダンス修行のためキューバへ渡る。「誰も知らないところで『初めまして』の人が多かったら、『最初から外したい』っていう気持ちがだんだんと芽生えていた」。知り合いに会うことがなく、カミングアウトの負担が少ない環境を利用して、かつらを外すことを決意した。かつらを着けなければ日本の一般企業で働くことは難しいだろうと思っていたが、踊りで生きていこうと覚悟を決めた。

初めて外でかつらを外し、手ぬぐいを巻いてレッスンに向かう。道でたむろする陽気なキューバの男性たちが「チニータ(アジア人への愛称)、リンダ(かわいいね)!」と女性名詞で彼女に声をかけた。

「やっぱり髪の毛がないと、人間じゃないというか、ひとつ欠けたものみたいな感じで。可愛いとかっていう次元のものではないと思ってたから。それを歩いてて、女性としてかわいいって言ってもらえたのは、すごく自信につながった。毛がないと、女か男か分かんない存在なのかなっていうのが自分の中にはずっとあったから」

かつらがとれた解放感よりも、女性として受け取られて初めて「これで良かったんだ」と思えた。同時に、人と出会うたびに頭をよぎる「いつか『自分がカツラである』と打ち明けなくては」というプレッシャーからも解放され、一気に楽になった。

「毛がないことが表現に」自分にしかできない踊りを求めて

かつらを気にせず踊れる自由を得て、恵実はより自分らしい身体表現を求めるようになる。「『もっとこうしたい、ああしたい』っていう思いが生まれて、自分にしかできない踊りをしていきたいって思えるようになっていった」

2014年末に帰国後、身体表現集団「劇団解体社」に所属。その東京公演が転機になった。演出家に手ぬぐいを巻いている事情を話すと、「このままでいい」「いやむしろそれがいいよ」と言われた。手ぬぐいを外しての出演が、演出に組み込まれた。「ああ、よかった」と安心すると同時に「毛がないことが表現になる」と思えるようになった。

2018年には高知県室戸市へ移住し、「Dance & Art スタジオ プエルト」を立ち上げた。地域でダンスやストレッチを指導するかたわら、定期的に自主公演を開催している。

立ち上げたダンススタジオのレッスン。「表現でカラダを自由に」がスタジオのテーマ。
立ち上げたダンススタジオのレッスン。「表現でカラダを自由に」がスタジオのテーマ。

そして、帰国から9年たった2024年5月。初めてかつらを外した思い出の地で、自主公演を開いた。かつらを着けずに表現の舞台で吸収してきたことを、キューバ人たちへの聞き取りをもとに表現した。公演のタイトルは「Despedida de Amigos(友との別れ)」。キューバから亡命した当時の友人たちと、残された友人たちの記憶がテーマだ。ゲリラ開催にもかかわらず、かけつけた観客から拍手と温かいコメントがよせられた。

キューバでの自主公演
キューバでの自主公演

かつらを外すという決断は、彼女にとってどんな意味があったのか。

「思ってた以上に自分を受け入れてくれる人がいて、人への感じ方が変わったね。それは隠してたら気付けなかったな」

同じ症状で悩む人に、伝えたいことは?

「1人の人間として生まれてきて、たまたま毛がなくて。毛がないっていうことよりも、ダンスが好きで、キューバに行って。それでかつらを取ってみたら、こっちの方がよかった。(悩んでいる人には)こういう選択肢がひとつあるよって。何万とかあるうちのひとつの道、ぐらいに思ってほしいかな」

-----

本記事は、個人の感想・体験に基づいた内容となっています。

「#病とともに」はYahoo!ニュースがユーザーと考えたい社会課題「ホットイシュー」の一つです。人生100年時代となり、病気とともに人生を歩んでいくことが、より身近になりつつあります。また、これまで知られていなかったつらさへの理解が広がるなど、病を巡る環境や価値観は日々変化しています。体験談や解説などを発信することで、前向きに日々を過ごしていくためのヒントを、ユーザーとともに考えます。

-----

【この動画・記事は、Yahoo!ニュース エキスパート ドキュメンタリーの企画支援記事です。クリエイターが発案した企画について、編集チームが一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動はドキュメンタリー制作者をサポート・応援する目的で行っています。】

監督・撮影・編集・記事:遠枝澄人

プロデューサー:前夷里枝

記事監修:国分高史

ビデオグラファー

1992年千葉県生まれ。筑波大学在学中、半年間キューバに滞在。卒業後、JICA青年海外協力隊として、2年間中米グアテマラで活動。帰国後、高知県室戸市に移住。地域おこし協力隊として、室戸ユネスコ世界ジオパークの活動に携わりながら、地域の出来事や踊る妻を撮影する。2021年より、本格的に映像制作を始める。中南米と日本の2拠点で暮らしながら、映像をつくりたい。

遠枝澄人の最近の記事