「ユニクロでよくない?」の先へ ~なぜ、女子に選ばれるブランドになったのか~
『25ans』もユニクロ推し
『25ans』(ヴァンサンカン)というファッション誌がある。名前の通り、25歳の女性だけをターゲットにしているわけではなく、いつまでも心は(できれば見た目も)25歳でありたいと願う大人女子の雑誌である。過去には、あの叶姉妹を世に出したことでも有名だ。叶姉妹は『25ans』のカリスマ読者モデルとして人気に火がつき、世に出たのである。それでだいたい想像がつくと思うが、『25ans』という雑誌は、日本でいちばんブランド志向が強いファッション誌だと言っても過言ではない。
すっかりブランドブームが過ぎ去ったかのように思える現在の日本においても、毎号のようにシャネル、エルメス、グッチ、ルイ・ヴィトン、ヴァレンティノ、ディオールといったハイブランドの新作が誌面を飾っている。
その『25ans』最新号(2018年9月号)で、なんとユニクロが紹介されたのだ。記事の扱いとしてはそれほど大きくないものの、「TOKYO発・ブランドが常識!」という特集において、「目が離せない!ユニクロのホットなコラボレーション」と題し、Uniqlo U(ユニクロユー)とUniqlo/Ines de la Fressange(ユニクロ/イネス・ド・ラ・フレサンジュ)が掲載されている。
Uniqlo Uは、有名メゾンでも経験を積み、自身のブランドも手掛けるデザイナー、クリストフ・ルメールが、Uniqlo/Ines de la Fressangeは、元祖スーパーモデルとして長年シャネルなどで活躍してきたイネス・ド・ラ・フレサンジュがプロデュースするコレクションである。ともに、ワンピースが5990円、ジャケットが9990円と普通のユニクロ商品よりは若干高めの価格設定であるが、『25ans』に登場するハイブランドと比べれば、一桁、いや二桁違う。日頃から数十万の服に袖を通している『25ans』読者がユニクロを着るだろうか?
いや、実際に『25ans』読者が買うかどうか、着るかどうかはともかく、ユニクロが『25ans』の誌面を飾るようになったことが重要なのだ。
著名デザイナーを冠に据えたデザイナーズインビテーションプロジェクトから足かけ 13年。ジルサンダーとのコラボ+J(プラスジェイ)からもうすぐ10年。とうとうブランド命の「エレ女」(エレガントな女子)の聖地に記念すべき第一歩を踏み出したのだから。「ユニクロユー」「ユニクロ/イネス・ド・ラ・フレサンジュ」コラボレーションとはいえ、ブランド名にも示されているように、れっきとしたユニクロが「ブランド」として認められたのである。
ようやく、ユニクロの長年の努力が実ったと言うべきであろう。「日本が誇るカジュアルファッションに注目」と『25ans』に書いてもらえる時が来たのだから。もう、ユニクロは昔のユニクロではない、今こそ、そう断言することができるのではないだろうか。
ユニバレからユニジョへ
その兆候は、数年前からすでに見受けられた。ファッション誌が「ユニクロでよくない?」と言い始めたのである。それ以前のユニクロは、ファッション誌に登場するなど皆無であり、「ユニバレ」や「ユニ被り」という言葉に端的に顕われているように、なるべくなら着ていることを人に知られたくない服だった。フリースの大ヒットで誰もが知るところとなり、国民服と呼ばれるほど、ユニクロは世に広まった。一家に一着どころか、一人一着は当たり前、おじいちゃんから孫までが着られる家族みんなのユニクロの誕生である。
しかし、みんなの服ということは、当然のことながら、誰もが同じものを着ていることを意味する。やっぱりみんなと同じは恥ずかしい。ユニクロを着ているとバレたくない。「ユニバレ」という言葉が話題になったのは2009年のことである。「ユニバレ」に先駆けて、他人と同じユニクロを身につけていることを指す「ユニ被り」という略語も登場している。だからこそ、被らないようにひと手間かけて「デコクロ」することも流行ったのだ。
ところが、「ユニバレ」「ユニ被り」と否定的に語られることが多かったユニクロが、一転してファッション誌の特集に躍り出る時代がやってきたのである。代表的なのが、『andGIRL』2015年11月号の特集「ユニクロでよくない?」である。『andGIRL』はアラサー女子向けのガーリーなファッション誌だが、その創刊3周年記念号の表紙に「ユニクロでよくない?」の大きな文字が躍ったのであった。
この号では、28ページにわたって、ユニクロと姉妹ブランドのGUが大々的に特集されている。「鉄板コーデから1ヶ月着回し、ユニジョSNAPまで!」が展開されているのだ。ユニジョとはもちろん、ユニクロ女子のことである。全身ユニクロでコーディネートした読者モデルがにこやかに笑っているのだ。そこには「ユニバレ」や「ユニ被り」の後ろめたさが全く感じられない。ちょっと前までユニクロは、バレてはいけない服だったのに、なぜ突如として「ユニクロでよくない?」となり、彼女たちは自主的にユニジョを名乗るようになったのか。いったい、ユニクロの何がよくなったのだろうか。
ユニクロでよくない?
とはいえ、「ユニクロでよくない?」とは不思議な見出しである。一般に、ファッション誌の見出しは、もっと強気で断定的だ。「アラサーが買うべき流行BEST22」「わたしたち、やっぱりヒールで生きていく!」「今こそ、Jマダムは艶ジュエリー!」たいした根拠もなくても、ちょっとばかり意味不明でも、今季の流行を強気で断定するのがファッション誌というものだ。
ところが、「ユニクロでよくない?」は疑問形である。しかも「もう、ユニクロでよくない?」と「もう」がついている。私は長年ファッション誌を研究してきたが、こんな見出しには今までお目にかかったことがない。
「もう、ユニクロでよくない?」には3つのよくないが含まれている。一つ目は、現在のファッションの流行に合致していて「よくない?」である。シンプルでベーシックなアイテムをデザインの基本とするユニクロは、今の流行にちょうど相応しい。
二つ目は、最近のユニクロ、前より「よくない?」である。ユニクロは機能面、デザイン面において、常にレベルアップを目指し、イノベーションし続けている。昨年よりは、今年のヒートテックやサラファインがより進化したものになっているのは当然であり、著名デザイナーとのコラボのお陰でデザインへの配慮も目に見えてわかるようになってきた。そういう意味で、最近のユニクロはかつてのユニクロとは似て非なるものなのである。
三つ目は、「もう、ユニクロでよくない?」の「もう」という言葉に表れている。つまり、「もう、服なんて所詮そんなもんじゃない?」という、諦観とも言うべき服への姿勢である。機能面もコスパもよく、デザインもそこそこイケてるなら、別に高い服を買わなくてもいいじゃない?服は「もう、ユニクロでよくない?」『おしゃれはほどほどでいい』(野宮真貴)のだから。
このように、「ユニクロでよくない?」は「ちょうどよくない?」「前よりよくない?」「別によくない?」の3つのよくないに支えられていたのである。ただこれらの「よくない?」は決して積極的な評価というわけではなかった。別に「もう、ユニクロがバレてもよくない?」どこか消極的な選択を感じさせるものだった。
しかし、「ユニクロでよくない?」からもうすぐ3年が経とうとしている。『25ans』にも登場するようになったユニクロは、バレてもよくないどころか、エレ女御用達のバラしたいブランドになりつつある。それもそのはず、数年前からユニクロはいっそう強気の姿勢を打ち出したのだ。
くらしのきほん、「ライフウェア」
2016年の秋にユニクロはグローバルキャンペーンと銘打って、「私たちはなぜ服を着るのだろう。」と問いかけるCMをオンエアさせた。
そして、問いに対する現時点での答えとして、「LifeWear」(ライフウェア)を提唱したのだ。ライフウェアとは、「画期的な機能性と普遍的なデザインを組み合わせた、生活をよくするための服」である。人々のライフスタイルや価値観をつくり、進化する未来の服である。柳井正の言葉で言えば、「誰にとってもいい服」(『考える人』2011年秋号)である。
そんな服が本当にあるのだろうかという問題はさておき、「究極の服」であるライフウェアを2017年春から宣伝しているのが、くらしの達人・松浦弥太郎である。
元『暮しの手帖』のカリスマ編集長で、ライフスタイルを語らせたら右に出る者のない人気エッセイストの松浦が、ユニクロと手を結び、「LifeWear Story 100」というタイトルのもと、ユニクロの服をテーマにした連載をスタートしたのである。松浦は書く。
確かに、「上質な暮らし」や「しあわせ」とは何かを問いかけてくる服は、今までにあまりなかったとも言えるし、少なくとも「ゾゾスーツ」にはできない芸当かもしれない。
毎週一つのアイテムを取り上げるライフウェアストーリーは現時点で53回を重ねており、今までに53の服が紹介されたことになる。ストーリーテラーである松浦の言葉のチカラによって、スーピマコットンクルーネックTからエクストラファインコットンストライプシャツまで、すでに53のユニクロアイテムがライフウェアとして、認定されたのだ。
「上質な暮らし」のエキスパートとして、「くらしのきほん」を知る目利きとして、毎週毎週、彼はライフウェアにお墨付きを与え続けているのである。「くらしのきほん」とライフウェアの相乗効果で、「究極の服」としてのユニクロのブランドイメージがますます定着されていく。もうこれ以上、「いい服」があるだろうか。「正解」があるだろうか。
ユニクロがよくない?
こうして、「ユニクロでよくない?」は「ユニクロがよくない?」になった。生活にこだわりがある人にも、服装にこだわりのある人にもそれぞれのレベルで認められるようになった。シンプルでエシカルなファッションを好む人なら、松浦推奨のライフウェアを看過することはできないのではないか。やっぱり、デザイナーものじゃなきゃという人にも、あのイネスが長年監修しているのなら、ちょっと覗いてみようかという気を起こさせるのではないか。
ていねいで上質なくらしを追い求める人にも、相変わらずブランド好きでラグジュアリー消費を続けている人にも、どちらにも認められるブランドになったのである。
もちろん、どちらの派にとっても、まだユニクロはファーストチョイスではないだろう。今のところは、松浦と著名デザイナーによってブランド自体が底上げされ、巧みに演出されているという面も否めないだろう。
しかしながら、これからも、ライフウェアは進化を遂げ、回を重ねるごとに、デザイナーとのコラボも洗練されていくに違いない。
もしかしたら、ユニクロが近い将来ファーストチョイスになるかもしれない。シンプルなライフウェアをコーディネートしたユニジョとコラボアイテムを着こなしたエレ女ばかりが街に溢れる日もそう遠くないのかもしれないのである。ただし、ともに「おしゃれはほどほどでいい」という思いを胸に抱きながらではあるが。(文中敬称略)