映画「侍タイムスリッパー」はなぜヒットしたのか。主演・山口馬木也の生きざまが示す“本物の重み”
先月下旬にたった1館で公開されたところからスタートしましたが、口コミやSNSで評判が拡散されていった映画「侍タイムスリッパー」。全国120館以上での上映が決定し社会現象にすらなりつつある状況に、第二の「カメラを止めるな!」とも呼ばれています。
この作品の主演が山口馬木也さん。これまでNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」やフジテレビ「剣客商売」などに出演してきましたが、主演映画は今回初。初陣で大きな結果を残すことになりました。
これまで山口さんにはLINEヤフー拙連載で複数回インタビューをしてきました。さらに、食事などもたびたびさせてもらってきました。
なぜご縁ができたのか。私が9年半出してもらっているABCラジオ「高山トモヒロのオトナの部室」(日曜、午後11時)がきっかけでした。
同番組には吉本興業所属の高山トモヒロさん、私、そして歌手・俳優のイルファさんが出演しています。
イルファさんは演者でもあるのですが、会社を複数経営する実業家でもあり、そのうちの一つが「SHIN ENTERTAINMENT」という芸能事務所です。そこの看板俳優が山口さん。そんなこともあって、以前から山口さんとの接点がありました。
今回の映画に引っ張られるわけではなく、以前から山口さんに会うたびに強く感じていたのが「もし、現代に武士がいたとしたら、こんな感じなんだろうな」ということでした。
お酒を飲んでいても、山口さんは佇まいが武士。常に傍らに刀を置いているような凛とした空気がありますし、一本通った芯がブレることがありません。
それでいて、笑いのセンスが凄まじい。速射砲のようにしゃべるわけではありませんが、例えると「ダイアン」のユースケさんのように一言つぶやく形だが、それが全部KО級の破壊力を持つ。
それまでの話の流れを冷静に見て、今の場面で何を言えば虚をつくことになるのか。状況分析や客観視という俳優的な視点があっての笑いのセンスだとも思っていました。
侍の存在感、そして、にじみ出るユーモア。今回の作品のキモとなるところと山口さんの空気が合致している。まさに、これをハマリ役というのだろうなと改めて思いました。
これまで、個人的には舞台「じゃりン子チエ」でチエちゃんの父親・テツ役を演じた赤井英和さんが一番のハマリ役だと思っていたのですが、そこに並ぶハマリ具合を今回は感じました。
映画がヒットしている足音がしっかり聞こえてきた9月10日。山口さんに拙連載用に改めて話を聞きました。その時の取材メモを振り返ります。
この映画の話があった時、安田淳一監督から山口さんが言われたのが「刀の重みを感じる作品にしたい」ということだったそうです。その言葉が俳優さんの中でも卓越した殺陣の腕を持つ山口さんの心を動かしました。
「芝居を教えることはできない。でも、技術を伝えることはできる。ありがたいことに、京都の撮影所のプロの皆さんに殺陣の技術を教えていただくことができました。それを身につけるために研鑽を積んできたからこそ、殺陣が武器になり、今も役者をやれている。今回の役柄の時代劇にかける思い。そこと、自分自身が持っている時代劇の思い。この二つが重なった感覚が確実にありました」
江戸時代からタイムスリップしてきた侍が時代劇の斬られ役として居場所を見つけていく。そして、時代劇への思いを深いものにしていく。その流れと、自らの来し方が一致した。だからこそ、今までに味わったことがない感覚を味わったと言います。
「役として現場に入るというよりも、切り替えることなく普通にスッと入って、皆さんと楽しくしゃべっているうちに撮影が終わる。そんな感覚があったんですよね」
もちろんお芝居であり、作り事ではあるのだが、自分のままそこに存在している。だからこそ、シームレスというか、虚と実の境目を感じなかった。10日の取材時にも、改めてそこの感覚の不思議さを噛みしめてらっしゃいました。
どこまでが役で、どこまでが素の自分なのか。しかも、自分に殺陣の技術を授けてくれた京都のプロの方々も現場にいらっしゃる。そのリアルな状況に、役柄のみならず自分の背中も押された。時代劇への恩返し。自分を自分にしてくれた人への恩返し。そういう部分と役柄が重なり、今までにない領域で刀を振る。それがあったのではと分析されていました。
「カメラを止めるな!」でも、登場人物が一致団結して一つの作品を作り上げていく様と、実際に出演俳優さんが過酷な撮影現場でリアルに頑張っているという空気がシンクロしていたことが、最後の感動につながったという分析もありました。
小さなところから始まって大きなうねりになる。その部分だけではなく、そういう水脈でも二つの作品はつながっていると感じる話でもありました。
山口さんはこの日のために殺陣の研鑽を積んできたわけではない。自分が自分であるために、俳優として存在するために、積み重ねを続けてきた。その積み重ねがある日突然、大きな扉を開けることになった。
「刀の重みを出すこと」をテーマに始まった作品が、いつの間にか「人の重み」を出していた。どこまでもたなびく“本物の重み”がこの作品が成功した理由だと思います。
やればできる。これはある意味残酷な言葉だと思います。やっても結果が出ない人もいる。やったところで必ず結果が出るというものではありません。
ただ、26年芸能取材をする中で痛感するのは、成功している人で「やらずに」成功した人は一人もいないということです。努力が報われるかどうかは分かりませんが、努力せずに成功した人は一人もいない。これは真理です。
虚と実がメビウスの輪のように連なる2時間。この食べ味が人の心を揺さぶった根本にあるものだと強く感じます。