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「オス」から「卵細胞」を作り出す? 不妊治療などへの応用に期待が

石田雅彦科学ジャーナリスト
(提供:イメージマート)

 今回、マウスでの実験でオスの幹細胞からメスの細胞へ換えてから卵細胞を作り出す、つまりオスから卵子を作り出す方法を九州大学などの研究グループが開発し、科学雑誌『nature』で発表した。同研究グループによれば、これは性染色体異常が原因の不妊症治療に発展する可能性を秘めた技術という。

染色体の異常とは

 不妊症は、男性と女性それぞれ、または両方に原因があるが、共通する原因の一つが性染色体の異常だ。

 ほとんどのヒトは46本の染色体を持っているが、そのうち、22対44本は常染色体で1対2本は性染色体(男性XY、女性XX)だ。ごくまれに45本、性染色体がXだけか1本のX染色体が不完全の女性(XO)がいて、これをターナー症候群といい、不妊症の原因の一つとされている(※1)。

 ヒトやマウスなど有性生殖をする生物の場合、子は母親と父親から1対ずつの染色体を受け取るが、ターナー症候群の場合、X染色体が不均一になるため、不妊症になると考えられている。ただ、軽度なターナー症候群の場合、妊娠や出産する女性も少数いるようだ。

 こうした染色体異常による不妊症や染色体に関係する病気に関しては、これまで幹細胞やES細胞、iPS細胞、モデル動物などを用いた遺伝子治療の分野で多くの研究成果がある。

マウスからiPS細胞を作り出す

 今回、九州大学などの研究グループは、実験動物のマウスを用い、オスのマウス(XY)やターナー症候群のモデルマウス(XO)の細胞から卵子を作り出し、ダウン症候群のモデルマウスの染色体(ヒトのダウン症候群は21番染色体が3対あるがモデルマウスでは16番染色体が3対)を正常にすることに成功したという成果を英国の科学雑誌『nature』で発表した(※2)。

 同研究グループは、まずオスのマウス(XY)の尾の細胞を使ってiPS細胞を作り出した。この細胞のY染色体を失わせ、ターナー症候群のモデル細胞(XO)を作成。この細胞を増殖させ、X染色体の複製を誘発させることで、XXの染色体を持つメスの細胞を作り出すことに成功した。

 そして、このメスの細胞(XX)は卵細胞に分化するように操作し、受精させた受精卵をメスのマウスの子宮へ入れることでマウスの子が生まれた。受精卵が子になった割合は約1%(7/630)だったという。

染色体を入れ替える

 同研究グループを主導した九州大学大学院医学研究院、ヒトゲノム幹細胞医学分野教授、林克彦氏に研究の内容などについて話をうかがった。

──今回の研究は、これまでのどのような研究から生まれたのでしょうか。

「2016年に同じ『nature』に発表した研究(※3)の発展型になります。2016年の研究ではメスのマウス(XX)のiPS細胞から卵子を作りましたが、今回はターナー症候群のモデルマウス(XO)、オスのマウス(XY)の細胞からも卵子ができるようになったのです」

──今回の成果では、性染色体に関係する疾患の予防などに利用できるかもしれないとのことですが、どのような可能性がありますか。

「今回は卵子を作る成果ですが、性染色体に関係する疾患はたくさんあります。今回の研究の成果である性染色体の入れ替えを応用すれば、これらの疾患の原因究明やそれに対する治療法(例えば、性染色体を正常に戻した細胞を使った再生医療など)の開発に活かせると思います」

──例えば、ダウン症候群の発症も回避できるようになるのでしょうか。

「今回の研究からダウン症候群の発症リスクを回避することは難しいと思いますが、上記と同じ理由で原因究明や治療法の開発には活かせると思います。実際に今回の研究では、ダウン症候群のモデル(16番染色体トリソミー)から正常の数の染色体の細胞を作ることに成功しています」

まだハードルの多い技術

──臨床での応用にはどのようなハードルがございますか。

「臨床での応用には細胞の品質などのハードルが多く残っています」

──マウスのXY、XXの染色体は、ヒトのものとどう違いますか。

「基本的な構造と大きな意味での機能(性決定)は同じですが、遺伝子の数や種類、発生の過程における制御などの細かいところは種差があります」

──今回は、実験室内(in Vitro)で受精卵の約1%に子孫ができたということですが、この割合はもっと増やせますか。それにはどのようなハードルがありますか。

「この数は培養条件を改良することで増やせると思います。しかしながら、生体からできる卵子と同等の発生率をもつものまで上げるのは相当難しいと思います」

 まだ、マウスによる実験段階だが、臨床で応用できるようになれば、片方の親から受け継いだ染色体を、異常のある遺伝子ごと取り替えたり削除したりすることができる。不妊症に限らず、多くの遺伝病の治療に役立てることにつながる研究開発といえるだろう。

※1:Thomas Morgan, "Turner Syndrome: Diagnosis and Management" American Family Physician, Vol.76(3), 405-417, 1, August, 2007

※2:Kenta Murakami, et al., "Generation of functional oocytes from male mice in vitro" nature, doi.org/10.1038/s41586-023-05834-x, 15, March, 2023

※3:Orie Hikabe, et al., "Reconstitution in vitro of the entire cycle of the mouse female germ line" nature, Vol.539, 299-303, 17, October, 2016

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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