土煙上げ講堂倒壊、でも死者ゼロ「室戸台風」直撃の小学校、石碑が伝える「奇跡の一日」の秘話
1934年9月21日朝、高知県の室戸岬付近から北上した室戸台風が西日本を中心に約3千人の犠牲者を出す甚大な被害をもたらした。京都市内には当時の悲劇や教訓を伝える石碑や像がある。被災から90年。モニュメントの背景にある物語や、込められた願いに迫った。 【写真】「奇跡の一日」と刻まれた石碑 校舎が倒壊しながら、一人の死者も出さなかった「奇跡」の小学校があった。 勧修小学校（山科区）では、郷土史家の浅井定雄さん（73）=筆名・鏡山次郎=が、室戸台風の罹災記録を調べて2020年に冊子にまとめ、22年の学校創立150周年の記念誌にも執筆した。被災した卒業生から「語り残したい」と要望を受け、当事者に聞き取り、同小の記録をひもといた。 その日、校長を含む教職員は午前8時5分ごろから、台風直撃を予期して警戒を強めていた。登校した児童は同25分から始まる朝会のため、明治期の講堂に集められていたが、校長はこの建物の倒壊を予見し、すぐに教室へ戻すよう教員に指示。児童の退出から間もない同35分、講堂は土煙を上げて崩れた。 教室でも天井の墜落や屋根のはりが落ち、床を突き破るなど次々に被災した。校長が先手を打ち、より新しい建物や校外へ児童を避難させ、犠牲者を出さずに乗り切った。 中坂健太郎校長（48）に当時の罹災記録を見せてもらうと、その理由がつづられていた。まずは「神霊の加護による」としながらも、「人事を尽くしたと言えるならば」と加える。教職員が校舎の建築年数や強度を熟知し、彼らを当日の校内各所に迅速に配置したことなどを挙げている。 「奇跡の一日」 こう銘打った碑が校内にある。中坂校長は「児童や来校者から『これは何?』とよく質問される。答えることで語り継げる」と話す。 住民らが強く要望し、同小学校創立150周年に建てられた記念碑。勧修自治連合会の北村秀明会長（79）は「非常時に的確な行動を取れる道しるべになってくれれば」と思いを込める。 旧制府立桃山中学校（現桃山高校、伏見区）も校舎の倒壊に遭いながら、一人の死者も出さなかった。被災から約4カ月後に高さ2・6メートルの巨大な石碑が設置され、現在も校内に残る。前面には、斉藤宗宜府知事（当時）が揮毫した「風災記念碑」の文字が力強く刻まれ、背面に避難の模様や碑の由来を記す。 碑文などによると、台風で倒壊前の教館には500人の生徒がいたが、教職員の的確な指示で避難し、「一千余名の生命を全うした」。この逸話は昭和天皇の耳に届き、従者が訪ねてきたといい、学校関係者が感泣したことも刻んでいる。 ただ、京都や大阪の災害伝承碑を独自に調査してきた元府南丹土木事務所長の辻謙一さん（67）=大阪府枚方市=は、無事を伝えるモニュメントは慰霊や悲劇を記す碑に比べて少ないと指摘する。「無事だったからこそ、なぜ無事だったかを伝えることが、新たな被害防止につながる」
