<映画評>「記憶の糸」と「もつれた糸」をほぐす家族再生の旅『サクラサク』
観終わった後、家族に優しくしたくなる映画だ。さだまさしの短編小説を映画化した「サクラサク」。「老い」と「家族再生」をテーマに描かれた同作品。誰にでも訪れる、または訪れ得る問題だけにスクリーン上で起こる一つひとつがリアリティを持って迫ってくる。
大手電機メーカーの部長で主人公の大崎俊介は47歳。美しい妻と一男一女に恵まれ、実の父と一軒家で暮らす絵に書いたような幸せな家族だった。取締役への昇進を目前にしたある日、その家庭に「事件」が起こる。妻からの電話で自宅に戻った俊介が目にしたものは、信じたくない父の姿だった。認知症の発症をきっかけに、心を閉ざした妻、まともな会話のない子供たちと、実はバラバラだった家族の姿を目にしてしまう。今まで向き合うことのなかった家族の面々。俊介は、突然、家族旅行を思い立ち、決行する。 父が自身の幼き日の記憶を口にした言葉「満開の桜が美しかった」「敦賀の海の近くで家族と暮らした」を頼りに、旅は進んでいく。「記憶の糸」をたどる旅は、いつしか「もつれた心の糸」を少しずつ解きほぐす旅になっていく。そして、最後に家族が見たものは……。
劇中、さだがこの映画のために書き下ろした主題歌「残春」の歌詞が効果的登場。自らの記憶があいまいになっていくのを怖れた父の言葉として使われている。誰にでも訪れる「老い」についても考えさせられる。 主人公の俊介を演じるのは緒形直人。妻役は南果歩。長男は矢野聖人、長女は美山加恋が演じ、認知症の父という難しい役どころは78歳の藤竜也が務めた。監督は「利休をたずねよ」で第37回モントリオール世界映画祭の最優秀芸術貢献賞を受賞した田中光敏。 メインの家族旅行のシーンは福井県でロケが行われ、スピーディでロードムービー的な撮影で進められたという。海や山という穏やかな福井の自然や地元の祭りの風景も楽しめる。 さだにとっては5作目となる自身の小説の映画化。この「サクラサク」は、幼い頃、父がロシアから福井・若狭に引き揚げてきた時の記憶を元に描いたという。スクリーン上のストーリーとさだの記憶を重ねながら観ても、また違った楽しみ方ができそうだ。 映画は4月5日から全国公開される。