『フットルース』時代を反映して映画とサウンドトラックが奇跡的マッチ
『フットルース』あらすじ ある事故がきっかけでロックもダンスも禁じられたアメリカ中西部の田舎町に、シカゴから転校してきた高校生のレン。抑圧された息苦しさから抜け出すため、彼は高校卒業のダンス・パーティを企画する。しかし町の大人から反対され……。
撮影と編集の後にシーンにぴったりの名曲が誕生
映画として冷静に評価を定めれば、そこまで傑作ではないかもしれない。しかしその映像や音楽、登場人物の顔がいつまでも“記憶”として脳内に焼き付けられ、時を経て観ることで、作られた時代の空気を感じることができる作品がある。1984年の『フットルース』は、その好例だろう。同年の日本における映画配収ランクで8位。北米では6位と、世界的なブームを起こした。 『フットルース』はオープニングからして、忘れがたいインパクトを残す。さまざまな人物の足のアップが映し出され、そこにあのケニー・ロギンスの「フットルース」が重なる。この2年後の『トップガン』(86)での「デンジャー・ゾーン」とともにロギンスの代表曲となった「フットルース」は、本作の脚本家ディーン・ピッチフォードとロギンスが作り上げた。このオープニングのために150人以上の足を撮影。ゴールドの靴はケニー・ロギンスの足である。 前年に公開され、社会現象を起こした『フラッシュダンス』(83)の“余波”によって、同じくダンスと音楽が強烈にフィーチャーされた『フットルース』も注目されることになった。この時期、映画とサウンドトラックは、両者が連動してヒット作品を誕生させていた。先例ともいえる1977年の『サタデー・ナイト・フィーバー』のような作品が量産されたのだ。マイケル・ジャクソンらによるMTV(ミュージック・ビデオ)の活況もこのブームを後押しし、ダンス作品以外でも『愛と青春の旅だち』(82)、『ビバリーヒルズ・コップ』(84)、『カリブの熱い夜』(84)、『ストリート・オブ・ファイヤー』(84)など、映画とサントラ(あるいは主題歌)がセットになって注目を集めた。 その中でも『フットルース』のサウンドトラックは特筆される。シーンと曲がここまで一致しているのは、他の映画に比べても奇跡的レベルなのだ。その理由は曲の制作プロセスにある。全9曲のうちメインの「フットルース」こそシナリオの第三稿執筆時に作られたが、他の曲は撮影と編集を終えてから、脚本のピッチフォードが各作曲家やミュージシャンとともに、シーンに合わせて曲を完成させた。撮影および編集中は、バックに流れる曲のビートだけを仮決定し、そのリズムだけで作られた音が流されたという。ピッチフォードは次のように語っている。 「ハーバート・ロス監督は、音楽の推進力、異なったリズムの効果、ハーモニーの変化における特色にこだわり、現場では指を鳴らしてリズムをとったりしていた」 これはケニー・ロギンスが後に語っていたことだが、完成作では「フットルース」が流れているクライマックスのプロムのシーンも、撮影時は「ジョニー・B・グッド」に合わせてキャストたちが踊っていたという。「フットルース」は楽曲として撮影前に完成し、オープニング、中盤の酒場のシーンで使われたが、製作陣はこの曲のパワーを信じ、ダメ押し的にクライマックスにも持ってきたのだろう。 シーンありきの曲作りにもかかわらず、『フットルース』のサウンドトラックには名曲が並んだ。ボニー・タイラーの「ヒーロー(ホールディング・アウト・フォー・ア・ヒーロー)」は、1984年の日本のドラマ「スクール・ウォーズ ~泣き虫先生の7年戦争~」で麻倉未稀の日本語カバーがテーマ曲となった。近年もドラマ「ユーフォリア/EUPHORIA」(19~)、映画『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』(23)など、たびたび使われている。『フットルース』のサウンドトラックアルバムはビルボード誌で第1位を連続10週キープ。映画のサントラとしては当時、『サタデー・ナイト・フィーバー』に次ぐ記録となった。