3大会連続五輪メダリストが「小学生の日本一は決めないほうがいい」と思う理由【松田丈志の手ぶらでは帰さない!~日本スポーツ<健康経営>論~ 第3回】
大会や試合に出ることでスポーツをする楽しさや学びを得られ、何より成長の機会になるというのは事実ですから、子供の頃の大会や競争はその規模と頻度を大人がうまくコントロールする必要があるでしょう。全国大会という規模の大きな大会を年に一度や二度やるよりは、エリア別など規模は小さくてもいいので大会の頻度を増やし、子供たちが何度でも挑戦、競争、リベンジできる舞台をつくってほしいと思います。 スポーツを頑張る子供との向き合い方では、水泳界の先輩であり現在はスポーツ心理学者として活躍している田中ウルヴェ京さんが、トヨタ財団主催のシンポジウム(2023年)で語っていた言葉が印象的でした。要約すると、「スポーツをする子供の親は、子供の安全な基地として、ただそこに存在するだけで役立つことが大切であり、勝ち負けに関わらず安定した態度を示すことが重要。<セキュアベースリーダーシップ>という考え方があり、親が充電器のように子供を受け入れ、どこでもプラグを刺して充電できるような環境を提供することが、子供にとって安心感を与える親の役割である」ということを説いていました。 セキュアベースリーダーシップの鍵は、「安心して失敗できる環境」を提供することだそうです。失敗から学び、成長するための土壌を整えることが子供たちには不可欠です。私自身もそうで、私が選手として成長を感じたとき、それ以前の段階で必ず失敗がありました。子供にとって身近にいて最も影響力のあるリーダーは親です。だからこそ、親には子供が挑戦に臨む際に失敗を恐れず、安心感を持てる環境を提供することが求められます。 私の親もそれを実践してくれたと感じています。競技結果や練習の成果に関わらず、日々の食事や練習の送り迎えなど、常に私をサポートしてくれました。親と、私を指導するコーチはよく練習後に話をしていました。その内容は知りませんが、私に関する情報交換も行なわれていたのだろうと思います。 実際、コーチからはこんなことを言われたそうです。「プールでは厳しい練習もするし、厳しいことも言うので、家では美味しいご飯をたくさん食べさせてやって、目一杯のんびりさせてあげてください」と。まさに私にとって、自宅や家族という存在が「安全基地」として機能していたのだと思います。競技レベルが上がっても、例えば五輪選考会や五輪といった極度のプレッシャーがかかる大会前には、私は必ず地元に帰るようにしていました。家族と過ごし、地元の雰囲気を味わうだけで、「負けても死ぬわけじゃないし、ここにいる家族や地元の人々はどんなことがあっても私の味方だ」と感じることで、戦う勇気が湧いてきたものです。 引退後に取材させてもらったアスリートの中では、サーフィンの五十嵐カノア選手や柔道の阿部一二三・詩兄妹とご家族の関係性はとても印象的でした。それぞれの家族にサーフィンや柔道というスポーツが共通の話題としてあり、それを通じて親子のコミュニケーションが生まれ、自然な形で競技について語り合う姿がありました。現在世界で活躍するアスリートたちは、親子でもオープンでフラットな関係性を築き、スポーツについてディスカッションしているということに感銘を受けました。 私自身は、選手のときは家で水泳の話をすることを好みませんでした。常に自分で考えたかった部分もあったし、私自身が自己開示に不器用で、自分の悩みや弱みをうまく吐き出せていないところもあったと思います。今更ながら「うちの親ももっと私と水泳の話をしたかったんじゃないかな」と思うこともあります。ただ、それでも私が決めたことを100パーセント支持し、見守り、応援してくれた両親には今でも感謝しています。 スポーツを通じた親子の関係性には、さまざまな形があって然るべきなのでしょう。子供がどんなスポーツをやるにしても、きっかけは子供だけではつくれませんから、最初のレールは親が敷いてあげる必要があるかもしれません。ただ、親が忘れてはならないのは、子供が自走していける環境をつくってあげることです。子供に寄り添い、他者との過度な比較を避け、対話を大切にし、その成長を見守っていくことです。私も自身の子供に対して、「存在してくれているだけで父ちゃんはうれしいよ」のスタンスでいこうと思っています。 文/松田丈志 写真提供/株式会社Cloud9