3大会連続五輪メダリストが「小学生の日本一は決めないほうがいい」と思う理由【松田丈志の手ぶらでは帰さない!~日本スポーツ<健康経営>論~ 第3回】
2004年のアテネ大会から4大会連続で五輪に出場し、うち3大会で計4つのメダルを獲得した日本競泳界が誇るレジェンド・松田丈志がアスリートの視点で、そしてアスリートを支えるさまざまな活動をしている現在の立ち位置から日本のスポーツ界が抱える問題を考察。第3回はスポーツを頑張る子供と親の関係性について取り上げる。 【写真】家族と過ごした高校時代の松田 * * * 私には現在、上から小学1年生、幼稚園の年中、今年2歳と、3人の子供がいます。彼らが将来どんなことに興味を持つかはまだわかりませんが、私は親として彼らの可能性を最大限に引き出すサポートをしたいですし、親としての在り方についても常に考えています。子供を持つ親なら皆さん同じ気持ちなのではないでしょうか。 私が子育てをしていく上で意識していることはふたつあって、ひとつは「親の理想やエゴに子供をはめ込まないこと」、もうひとつは「他者との比較をしないこと」です。 特に子供の小さい時期は、心身の成長スピードには個人差があります。身体的な成長においても、小学高学年で既に成人並みの身長に達する子供もいれば、男子の場合は高校生くらいから身長が伸びる子供も少なくありません。勉強やスポーツにおいて、学年や年齢で区切って成績を競う場面は多々ありますが、能力やモチベーション、成長のスピードは子供ごとに異なります。年齢が低いほどその差は顕著ですから、常に子供自身の成長に焦点を当てていきたいと感じています。 2022年3月18日、公益財団法人全日本柔道連盟(全柔連)が主催する「全国小学生学年別柔道大会」の廃止が発表され、論争の的となりました。親や指導者が小学生に過度な減量を求めたり、勝利のために組手争いに終止するなど小手先の技術ばかりを教えたりすることが問題視されたのです。 私は「小学生の日本一は決めないほうがいい」と思っています。前述のとおり小学生の子供は成長に個人差がありますから、いわゆる「下駄をはいた状態」で日本一を決めてしまうと、勝った選手がその日本一という栄光を背負い、のちに苦労するということがあります。むしろ私の経験上そのパターンのほうが多いと考えていて、競泳においても顕著です。小学生時代に脚光を浴びても、いつしか同世代の選手に追いつかれるとモチベーションが下がり、周囲からの評価も変わります。その結果自信が揺らぎ、競技を離れる選手をたくさん見てきました。実際、「小学生の頃は強かった」と言われ続けるのは精神的にもしんどいと思います。 ちなみに私は小学生時代に日本一にはなれませんでした。初めての全国大会は小学4年生で、レースでは最下位に終わりました。同世代の選手の速さに驚き、絶望感に襲われ、一時は水泳を諦めようと考えるほどでした。しかし、同時に「少しでも順位を上げたい」「いつか決勝に残ってみたい」という目標――大きなモチベーションも得ました。こうした「自分よりレベルの高い選手がたくさんいる」という事実を知る機会は何も、「小学生の日本一を決める大会」という形でなくても、例えばエリアごとの大会や対抗戦をする、合宿や研修会を開催するなどでも得られると私は考えています。 子供に競争をさせるなと言っているわけではありません。むしろ競争はしてほしい。スポーツの競争を通して、この競争社会を勝ち抜いていくマインドやスキルを身につけてほしいと思います。しかし、最終的にスポーツを生業として取り組む子供はほんのひと握りであり、しかもそれは人生の一時期でしかありません。であれば、子供たちへの指導はスポーツを通して得られる学び――課題を抽出する力やコミュニケーション能力の向上、目標設定し計画的・継続的に努力する力、スポーツをすることで得られる心身の健康維持、プレッシャーやストレスのコントロールなど、生涯において役立つスキルを磨くことを念頭に置くべきです。