「森には魔法使いがいるんだよ」…宮城県、三陸の養殖家が、世界中を旅して知った「カキの旨み」の正体
カキが旨い季節がやってきた。ジューシーなカキフライ、セリがたっぷり入ったカキ鍋、カキご飯……。カキ漁師は、海で採れたてのカキの殻からナイフで身を剥いて、海で洗ってそのまま生で食べるのが好みだという。 【写真】これで110円とは…東京のうまい「町寿司」ネタを一挙大公開 そんなカキ漁師の旅の本が出版された。『カキじいさん、世界へ行く!』には、三陸の気仙沼湾のカキ養殖業・畠山重篤さんの海外遍歴が記されている。 「カキをもっと知りたい!」と願う畠山さんは不思議な縁に引き寄せられるように海外へ出かけていく。フランス、スペイン、アメリカ、中国、オーストラリア、ロシア……。 世界中の国々がこんなにもカキに魅せられていることに驚く。そして、それぞれの国のカキの食べ方も垂涎だ。これからあなたをカキの世界へ誘おう。連載第1回「「こんなうまいものがあるのか」…20歳の青年が、オホーツクで《ホタテ貝の刺し身》に感動、その後はじめた「意外な商売」」にひきつづき、フランスの河口から広葉樹の森を遡っていく。 どんな胸躍る出会いがあるのだろうか。
森には魔法使いがいる
少し時間を遡って、私が少年だったころの話をしましょう。 1961年(昭和36年)、わたしは宮城県気仙沼水産高校(現・気仙沼向洋高校)を卒業すると、父がつくったカキ養殖の「水山養殖場」で働き始めました。当時は、浜辺の少年の花形といえば船長や機関長、通信長になることで、成績のよい男子生徒は水産高校に進むのがあたりまえだったのです。やがて、わたしは父の跡を継いで養殖場の場主になりました。 わたしが森に目を向けるようになったのは、1984年(昭和59年)にフランスのカキ養殖場を視察に行ったときからです。それはひとりのパリジェンヌとの出会いがきっかけでした。 1983年(昭和58年)のある日のこと、わたしのもとに小柄なパリジェンヌが訪ねてきたのです。フランスの花の都パリから来たという、日本語を上手に話す20代の女性でした。わたしの家の近くのかき研究所で勉強しているといいます。 財団法人かき研究所は、1961年(昭和36年)に、東北大学農学部のかき博士である今井丈夫教授がつくった研究所です。今井教授は、世界中からたくさんの種類の親ガキを集めて、人工的に産卵させた稚貝を育てる研究をしていました。その拠点として、海面が静かで、水深が深く、水がきれいな舞根湾に注目したのです。 そして、そのころ西舞根の牡蠣組合長をしていた父のもとを訪ねてきたのでした。やがてかき研究所ができると、世界中からカキの研究者が集まり、三陸のさびれた寒村だった舞根がまるで国際村のようになったのです。 高校生だったわたしは、研究所の準備段階から学校が終わると通いつめ、東北大学や北海道大学の若い研究者たちからさまざまなことを学びました。 とりわけ印象に残ったのは、貝のえさになる植物プランクトンの大切さでした。顕微鏡をのぞき込み、プランクトンの名前や形を教えてもらったのです。 カキの殻は多孔質で、畑にまくとバクテリアの巣になり、土が肥沃になります。海にかえせばカルシウムに戻り、酸性の海を魚の棲みやすい中性から弱アルカリ性の海にする力があります。カキの養殖には、無駄が何ひとつないことも知りました。 ある日、貝の餌となるプランクトンの培養がうまくいかなかったことがありました。研究員たちが沈んだ顔をしていると、今井先生が、こんな指示を出しました。 「雑木林に行って、腐葉土を採ってきなさい。腐葉土を水槽に入れ、上澄みをろ過して貝に与えなさい。何が入っているかわからないが、森には魔法使いがいるんだよ」 と、言われたのです。これはわたしが海と山のつながりを知る第一歩でした。魔法使いの正体がわかったのは、その日から30年もたって、わたしが「森は海の恋人運動」をはじめてからのことでした。 …つづく「「こんなうまいものがあるのか」…20歳の青年が、オホーツクの旅で《ホタテ貝の刺し身》に感動、その後はじめた「意外な商売」」では、かきじいさんが青年だったころのお話にさかのぼります。 連載『カキじいさん、世界へ行く!』第2回 構成/高木香織 ●プロフィール 畠山重篤(はたけやま・しげあつ) 1943年、中国・上海生まれ。宮城県でカキ・ホタテの養殖業を営む。「牡蠣の森を慕う会」代表。1989年より「海は森の恋人」を合い言葉に植林活動を続ける。一方、子どもたちを海に招き、体験学習を行っている。『漁師さんの森づくり』(講談社)で小学館児童出版文化賞・産経児童出版文化賞JR賞、『日本〈汽水〉紀行』(文藝春秋)で日本エッセイスト・クラブ賞、『鉄は魔法つかい:命と地球をはぐくむ「鉄」物語』(小学館)で産経児童出版文化賞産経新聞社賞を受賞。その他の著書に『森は海の恋人』(北斗出版)、『リアスの海辺から』『牡蠣礼讃』(ともに文藝春秋)などがある。
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