サバイバル登山から学んだこと。/執筆:服部文祥
そんな、さまざまな新しい体験の中で、刺激的かつ揺さぶられたことが、食べ物とは命なのだという当たり前の発見でした。そんなこと、小学校のときに習っていた気もするのですが、山に入り、イワナを釣り、この手で〆て(殺して)、調理して、食べると、体験を通して「食べ物=命」ということが、身体全体にぶつかってきます。狙い、釣りバリにかかってやり取りし、釣り上げて〆、ワタを出して調理し、咀嚼して飲み込む。不安、焦り、喜び、痛み、悲しみ、不気味、不快、美味、満足など、プラスマイナス複雑な感情がそこにあります。食べて旨いだけではありません。私が山旅をしようと思って山に入らなければ、死ななかった命が死ぬのです。
本来食べ物というものはこういうものなのだ、と私はただ思いました。食料品店で食べ物を買うことの方が(今は当たり前でも)実はおかしなスタイルなのです。そんなことも知らず、感じることもなく、ほぼ30年間生きてきた自分という存在に驚くとともに、食料は獲るのではなく買うことが当たり前である人間社会の仕組みにも、あらためて驚かされました。 自分の力で登るその登山が面白くて、その後も、さまざまな山岳エリアで自給自足の山旅を繰り返していきました。その山旅を、山岳雑誌で紹介するにあたり、ひと目を引く効果も少し考えて、サバイバル登山と名付けました。
プロフィール
服部文祥 はっとり・ぶんしょう|登山家・作家。1969年、横浜生まれ。’94年東京都立大学フランス文学科とワンダーフォーゲル部卒業。大学時代からオールラウンドに登山をはじめ、’96年にカラコルム・K2登頂。’99年から長期山行に装備と食料を極力持ち込まず、食糧を現地調達するサバイバル登山をはじめ、そのスタイルで日本の主な山塊を旅する。近年は廃山村に残る民家で狩猟と自給自足の生活を試みている。著書に『サバイバル登山家』(みすず書房)など。新刊に『今夜も焚き火をみつめながら』(モンベルブックス)。 text: Bunsho Hattori edit: Fuya Uto
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