戦後現代美術の青春時代をリアルに再現―金丸 裕子『自由が丘画廊ものがたり: 戦後前衛美術と画商・実川暢宏』松原 隆一郎による書評
日本人画家の抽象画が内外のオークションでブームを呼び、1950~60年代の作品は億の桁で売買されている。だがブームは作品そのものには深い関心を持たない投機家が引き起こす。芸術は市場の存在も定かでない時期にこそ息づいている。 「自由が丘画廊」は定評あった銀座の南画廊や東京画廊と離れた東横線に、68年から約30年実在した。もの派や「具体」の画家や評論家、画商やコレクターが連日どこからともなく集まり、真価を論じ情報を盗むという、抽象画の市場形成にともなう熱を帯びた交流を繰り広げた。 その場を支えたのがオーナーの「実川暢宏」だ。本書は、現在は都心に隠棲する実川からの丹念な聞き取りを軸に、戦後現代美術の青春時代をリアルに再現する。実川は無名時代の李禹煥や駒井哲郎とも私生活込みで付き合い、公設美術館に先駆けド・スタールやフランク・ステラの企画展を開催したという。ドラマ仕立てで観たくなる名場面が続く。 「実川」や「山口長男」の読み方が明かされない本書もまた、一幅の抽象画だろう。 [書き手] 松原 隆一郎 1956年兵庫県神戸市生まれ。東京大学工学部都市工学科卒業。同大学院経済学研究科博士課程修了。 東京大学大学院総合文化研究科教授を経て、2018年4月より放送大学教授、東京大学名誉教授。武道家としても知られる。著書に『ケインズとハイエク』『日本経済論』『分断された経済』『経済学の名著30』『消費資本主義のゆくえ』『失われた景観』『武道を生きる』『経済政策―不確実性に取り組む』『森山威男 スイングの核心』など。 [書籍情報]『自由が丘画廊ものがたり: 戦後前衛美術と画商・実川暢宏』 著者:金丸 裕子 / 出版社:平凡社 / 発売日:2023年10月27日 / ISBN:4582273378 毎日新聞 2024年2月10日掲載
松原 隆一郎