目の前で殺された家族、でも「泣くことさえ禁止された」 ガザで人質、イスラエル人女性が振り返る50日間
「なぜ、あんたたちはナダブとヤムを殺したの?」。ヘンさんはあるとき、看守に尋ねた。するとその看守は謝罪した。 「ご主人と娘さんを殺害したやつは、死んだ後にアラー(神)にその理由を尋ねられるだろう。もし理由なく殺害したならば、アラーはそいつを地獄に送る」 イスラエル軍の攻撃は、ヘンさんらのいる住宅周辺でも激しく続いた。空爆や戦車による砲撃。「日中は比較的静かだったけれど、夜になると激しく、近くの集合住宅が爆破される音を聞きました。私たちは戦場の真ん中にいたんです」と振り返る。「報復として私たちが殺害されるのではないかとの恐怖もありました」 上からの指示があれば戦闘員にいつでも殺害されかねない恐怖。だが、看守はこう強調していたという。 「俺たちの仕事はあんたたちの世話だ。俺たちは死ぬかもしれないが、あんたたちは死なない」 ハマスにとっては自分たちが重要な取引材料になっているとも感じたという。解放される数日前、ヘンさんらは再び地下トンネルに連れて行かれ、最終的に2023年11月26日、戦闘休止や人質解放を巡るイスラエルとハマスとの合意枠組みの下で解放された。
▽子どもたちのため、新たな日常を 夫と長女を失った中で、ヘンさんは新たな生活になじむ努力を始めたと話す。「日常生活をきちんと送ることが大切なんです」。子どもたちは学校に戻り、放課後も多くの活動に参加している。ヘンさん自身は体を動かす運動に力を入れる。「元々運動好きでしたが、ランニングやウエイトリフティングなどの時間を増やしました。これが今の私には重要だと思っています」。カフェに座り、時には1人で、時には友人と時間を過ごす。そんな時間も大切にしている。 イスラエル軍とハマスとの戦闘は8カ月を超えた。ガザでは3万7千人以上が殺害される中、戦闘終結の兆しは見えない。 「かつてはパレスチナ人との共生も可能だと考えていましたが、今は正直、可能かどうか分かりません。考えることさえできません」 夫ナダブさんとは15歳のときに知り合い、34年間連れ添った。「ティーンエージャーの淡い恋から始まりましたが、強い愛に変わりました。私は彼を愛していたし、彼はいつも私をわくわくさせてくれたんです。家庭を大切にし、いつも優しかった」
家族との思い出を振り返ると、ヘンさんは声を詰まらせた。