『おむすび』『虎に翼』の共通点は“正解”を持たない主人公 挑戦し続ける朝ドラに幸あれ
“羽目を外す場所”をなぜ朝ドラで描いたのか
ここで作り手の狙いのようなものを感じるのは、結と翔也に気づきを与える場が、バーやスナックという夜の場所であることである。朝のドラマにもかかわらず、人間が夜、羽目を外す場所なのだ(ただし、そこの昼間使いではあるのだが)。ここで思ったのは、正論や健全なことばかりじゃ疲れてしまうということである。 たまにちょっと羽目を外し、職場や家庭で見せない面を出すことで、人間はこころを保っていける。それがスナックやバーのような場所なのだ。そこに行けば正解が見つかるわけではない。だが、ふだんと少し見方を変えることで何か気づきがあるかもしれない。……というようなことを『おむすび』を観ていて思ったときに、「ネガティブ・ケイパビリティ」というワードが頭に浮かんだ。これは「すぐに答えを出さず、迷ったり、悩んだりすること」だ。例えばNHKでは、2023年9月6日放送の『クローズアップ現代』でそれを「モヤモヤする力」として、『迷って悩んでいいんです 注目される“モヤモヤする力”』を放送している。番組の公式サイトには「効率性を高める“タイパ”が流行し、AIが質問に瞬時に答えてくれる生成AIが登場した現代。そんな中、真逆の概念が注目を集めています。それが「ネガティブ・ケイパビリティ」=すぐに答えを出さず、迷ったり、悩んだりする“モヤモヤする力”こそ大切だ、という考え方です。近年、世界ではビジネスの分野を中心に調査や研究が進み、日本でも看護職のマニュアルや、高校や大学の入試問題、医療や教育の分野で扱われるなど、幅広く取り入れられています。注目を集める“モヤモヤする力”の良さとは何なのか?そのメリットや、実践の方法についてご紹介します」とある。(※) 『おむすび』では主人公をはじめとして登場人物が皆、答えを持っていない。正解を示してくれる羅針盤を持って、目的地に向かっていないのだ。自分たちがどこに向かっているか何をするのが最適なのかわからないまま彷徨っている。それはとても人間的だと感じる。物心ついたときから、目的を定めて、そこに向かって突き進める人は幸せだけれど、誰もがそういうわけではないだろう。流れで仕事を選択したり、いつの間にか結婚して母になっていたり、そういう人たちもいるはず。筆者も気づいたら、テレビドラマのことを書くライターになっていた。なろうと思ってなったわけではないし、最初は方法論もわかっていなかったし、やりながら失敗もたくさんして発見していったことばかりである。 現実ではないドラマのなかだけは、主人公が優秀で正しいことをやってほしいという期待もある。だがそういう話ばかりでなくてもいいだろう。『おむすび』の結や翔也や歩たちが当たり前の選択や言動をしない物語もあっていいと思う。 このすぐに答えを出さないというスタイルは『おむすび』に限ったことではなく、前作『虎に翼』にも取り入れられたものだと思うのだ。司法という絶対的なものに従事する主人公ではあるが、私生活では、「それ、ほんとうに正しいのか?」というような言動を行っていた。そして司法の判断もまた、極めて揺らいでいることも描かれた。何が正しいかという答えを提示する物語ではなく、混沌とした世界のなかで、自分にとってより良いものを発見する、あるいは誰もがイエスと言わなくても自分がいいと思うことは守り通そうとするのことを肯定する物語であった。『おむすび』もまた、その道を選択している気がする。たぶん、茨の道だろうけれど。よりよい未来のために新たな価値観に挑む朝ドラに幸あれ。 参照 ※ https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/4820/
木俣冬