ホンダ「NSX」がついにレースから勇退。「鈴木亜久里」「土屋圭市」…ゆかりあるドライバーに思い出を語ってもらいました
No.17 Astemo NSX-GT/金石勝智 監督
1998年に初めてNSXをドライブしました。最初乗ったときは、フォーミュラーカーのような機敏な動きに驚きを隠せませんでした、本当にツーリングカーなのかってね。そこから進化を重ねた2000年モデルは、本当に痺れました。スイートスポットが狭いんですけど、セッティング決まったときの速さは尋常じゃないんですよ。ただその分マシンは繊細で、ミッショントラブルに泣かされました。世間では「ガラスのミッション」と呼ばれていましたね。そんなマシンでレーシングドライバーを引退させてもらって、今では監督をさせていただいています。ハイブリッドを搭載したり、FRレイアウトになったりと、いろいろチャレンジしたクルマですけど、勇退は感慨深いですね。
No.8 & No.16 ARTA MUGEN NSX-GT/鈴木亜久里 総監督
ARTAとしてはもう20年近くNSXでSUPER GTに参戦している愛着のあるクルマだし、とにかくカッコいいじゃん! だから今年で最後なのは素直に寂しいよね。僕は1年しかNSXで走っていないけど、その前の年に乗っていたGT-Rとはキャラが全然違った。NSXはいいセッティングを見つけると、とてつもなく速い。けれど、見つけるまでの過程が大変。本当に苦労したな。決まらないときはスピンしちゃったしね。でもそれまで1999年モデルで戦って、2000年モデル導入初年度に圭ちゃん(土屋圭市)と優勝できたのは、忘れられない思い出だな。2007年は年間3勝して、最終戦を迎える前にチャンピオンを決めたんだけれど、あれも初快挙だったんだよね。
No.8 ARTA MUGEN NSX-GT/野尻智紀 選手
2015年にNSXでデビューが決まったときは光栄とか嬉しい気持ちの反面、過去に多くの実績を残しているのを理解しているからこそ、怖い気持ちの方が多かったです。それだけのクルマに乗るのは本当にプレッシャーでしたね。2018年の鈴鹿サーキットで、1分44秒を叩き出したとき疑いしました。え、本当に? って。てっきり余裕かと思いきや、ほかのNSXも同じようなタイムを出していたのはマジでビビりましたけどね。ただチャンピオンは獲得できませんでしたし、正直悔しい思い出の方が多いです。