『薬屋のひとりごと』のヒットは“必然”だった? 確かな実力者たちが揃った信頼の制作陣
現在放送中のアニメ『薬屋のひとりごと』は、ここ数年の深夜アニメでよく用いられている初回拡大枠の放送でスタートを切った。花街の薬師として働く少女・猫猫が人さらいに遭い、後宮に売り飛ばされるものの、毒に強い体質と好奇心旺盛な性格で才覚を発揮するまでが一気に描かれる。さらに幽霊騒動の裏に潜んだ女性の物悲しさを紐解いてみせ、後宮では無能を装っていたが実は切れ者の猫猫のキャラクターがしっかりと立ち、拡大枠の放送を観た原作未読組も惹き込まれたことと思う。 【写真】第8話先行カット 原作は日向夏によるライトノベル(ヒーロー文庫)だが、コメディ描写の見せ方をはじめ、スクエア・エニックスより発売中のコミカライズ版からの影響も見て取れる。アニメでは、この謎解きのミステリー部分と猫猫周辺のコミカルさが程よい緩急となり、何とも楽しい理想的な映像化を果たした。 TVアニメ放送に先駆けて2023年2月、『薬屋のひとりごと』プロジェクトPVと題した2分半ほどのアニメーションがYouTubeにアップされた。レンゲでスープを口に流し込んだ猫猫がうっとりした表情を浮かべた後、ドス黒い微笑みで「これ、毒です」と告げる冒頭から、彼女の特異なキャラクター性が伝わる秀逸なPVだ。 このPVは放送中のTVアニメ版と同じ監督、同じ作画スタッフの手で制作されており、絵柄から受ける印象があまりにもシームレスなため、一見すると完成済みのTVシリーズ本編から抜粋したカットを繋いだだけに感じる。しかしこれは全編、わざわざPV用に制作されたものである。 毒入りスープを飲んで恍惚となる猫猫のシーンは、TVアニメ第6話「園遊会」に出て来るが、猫猫役の悠木碧の芝居もPVとTVアニメ版とでは喋り方が違っているので見比べていただきたい。また、TVアニメ版にも登場するシーンとほぼ同じ場面がPVで観られるが、これらもTVアニメで該当シーンを描くときに再度新作で作り直されている贅沢さだ。総じてアニメのプロモーション映像には力が注がれるもので、作品によってはPV用カットを本編の一部に流用するアニメもある中、実に丁寧に手をかけているのが感じられる。 本作の監督を務める長沼範裕は、『魔法使いの嫁』第1期(2017年)と、TVシリーズに先行して発表されたOVA版(2016年)で実力の程は周知されていた演出力で、毒見役の猫猫が、ただならぬ少女である点をPV冒頭の掴みから提示した絵コンテは見事というほかない。若い武官の李白を外出の身元保証人にすべく、猫猫が高級妓楼「緑青館」の売れっ子を交渉材料に使う第7話のやり取りは、動揺を隠せない李白の姿が笑いを誘う。 PVの頃から一貫してキャラクターデザインを担当する中谷友紀子は、『Go!プリンセスプリキュア』(2015年)、『トロピカル~ジュ!プリキュア』(2021年)と、プリキュアシリーズ2作品のキャラクターデザインで、柔らかい線の美少女を紡ぎ出してきたアニメーターだ。猫猫を含む女官の少女らの愛らしさに加え、玉葉や梨花など後宮内の上級妃たち気品ある大人の女性も描き方が上手い。現在までの放送話数すべてに総作画監督としてかかわり、画面のクオリティを保っている。衰弱した病床の梨花妃が、げっそりと痩せ細った外見から、元の艶っぽく気品のある姿に戻って行く第6話のモンタージュは特に秀逸だ。 猫猫を気に入って侍女に迎えた玉葉妃、命を助けてもらったことで猫猫に恩を感じている梨花妃、猫猫の卓越した判断力と薬学の知識を見出した宦官の壬氏など、主人公を取り巻く大人たちは個性豊かな美形揃い。キャラクターだけでなく、中国そっくりの舞台周りの美術も、異世界ファンタジーアニメが溢れている深夜枠の中では非常に新鮮に映る。 『The Apothecary Diaries』のタイトルで海外ファンにも親しまれている本作は、アメリカにおける2023年秋アニメの人気ランキング11月集計分で『葬送のフリーレン』に迫る勢いで上昇しており(※1)、作品ジャンルで2位、女性キャラのジャンルでMAOMAO(猫猫)が3位にチャートイン(11月19日時点※2)。ちなみに作品1位は『葬送のフリーレン』、3位は『SPY×FAMILY』で、女性キャラの1~2位は『葬送のフリーレン』のフリーレンとフェルンだ。『薬屋のひとりごと』が、並み居る強豪に引けを取らない魅力を放ち、海外のアニメファンにも刺さっている何よりの証拠といえるだろう。現在のクオリティで無事に半年間、2クールを全力で走りぬいて欲しい作品だ。 参照 ※1. https://anitrendz.com/charts/top-anime/2023-11-19 ※2. https://anitrendz.com/charts/female-characters
のざわよしのり