「政治家のメンタルヘルス」、公論化すべき時だ
[答えは医療現場に] シン・ヒョニョン|ソウル聖母病院家庭医学科教授(前国会議員)
12・3非常戒厳後の弾劾局面にあって、国内の510人の精神科医が実名で時局宣言を発表した。「戒厳宣布と脅迫に近い布告文、突然の軍の出動などで大きな心理的ショックを受けた国民に、深くお見舞い申し上げます」という声明の内容は、国民のメンタルヘルスのためにも大統領を弾劾する必要性があることを改めて力説したものと解釈される。 精神科の医療倫理としては、1973年に米国精神医学会が発表した「ゴールドウォーター・ルール」が存在する。精神科の専門医による直接検診がなく同意も得られていないなら、医学的所見を述べてはならない、という内容だ。1964年の米国大統領選挙に共和党候補として出馬したバリー・ゴールドウォーター(1909~1998)について精神科医にアンケート調査をおこなった雑誌社が、名誉毀損で7万5千ドルを支払った事件が発端となったものだ。政治選挙において相手候補の精神医学的問題をネガティブ攻勢に悪用してはならない、との趣旨だ。 韓国でも同様の問題があった。有名な精神科の専門医が公開の場で俳優のユ・アインについて「軽躁病」だとの診断を公開で下して批判を浴びた事件や、ウォン・ヒリョン氏が大統領選予備選候補だった当時、精神科専門医である同氏の妻がイ・ジェミョン大統領選候補のことを「ソシオパス」だと攻撃し、その後、ウォン氏が「大統領候補のメンタルヘルスは公的領域」だと反論した事件などだ。 このように精神科医たちは、公式の場での医学的な評論を特に控えている。にもかかわらず今回の時局宣言からは、大韓民国の国民のメンタルヘルスのためだという切迫感が感じられる。 もしゴールドウォーター・ルールがなかったら、メディアで言われる尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領の「認知的不協和」、「間欠性爆発性障害」、「うつ病」、「アルコール使用障害」、「被害妄想」などについての内容が語られていた可能性もある。 米国でもドナルド・トランプ大統領の登場でゴールドウォーター・ルールは非常に物議を醸した。大統領のメンタルヘルスが疑われるにもかかわらず、倫理指針が専門家たちに沈黙を強いることが公共と国益のためになるのかは、討論してみるべきことだ。 実際に、政治嫌悪と両極化によって、政治家たちのメンタルヘルスは日増しにぜい弱になっていくばかりだ。繰り返されるショートメール猛攻撃や罵詈雑言コメントなどで、彼らは一般国民に比べて非常に強いストレスにさらされている。アルコールと喫煙にさらされやすく、健康な生活習慣、規則正しい生活を保つことも難しい。 第21代国会では筆者も、様々な政治的事件や攻勢でうつ、不安、パニック障害、不眠を訴える多くの政治家を見た。メンタルヘルスに問題があっても、イ・タンヒ議員のように公にすることはまれだ。レッテル貼りを恐れて、大半は静かに治療せざるを得ない。 過去の医師選抜の際にも類似の社会的苦悩があった。メンタルヘルスに問題があった医師が患者に接する際に患者が不安を感じ、医療的な波紋を何度も広げたため、医師採用時に精神病理状態を評価する心理測定ツールである「ミネソタ多面的人格目録検査(MMPI)」などの検査が追加された。刃物を持って命を扱うのが医師であるため、命の脅威となる可能性と医療事故を未然に防止するためにも必要な手続きだった。 政治家と医師の社会的役割と波紋を考慮すれば、メンタルヘルスの維持と最小限のセーフティーネットの構築は必要不可欠な要素だ。昨今の現実にあって、大統領も人格検査をすべきではないかという声があがっている。国民も今回の事態を経験したことで、正しく国政を運営し、国際的な信頼度を高めるためにも、健康な大統領が必要だという認識が高まったはずだ。どうか大統領夫妻リスクで国民の「心を病ませ」、血税を注ぎ込んだメンタルヘルス支援事業で「薬を与える」というような形だけの応急処置の国家運営が終息するよう、医師そして政治家として切に願う。 シン・ヒョニョン|ソウル聖母病院家庭医学科教授(前国会議員) (お問い合わせ japan@hani.co.kr )