ガザ戦争1年、民衆はハマスをどう見ているか
7月にイスラエル軍がガザ地区とエジプトとの国境を制圧した後、それまでエジプト側から入っていた援助物資が止まった。食料、生活必需品、薬品などの搬入は激減した。 とりわけガザ北部での食料事情は逼迫(ひっぱく)している。7月末にMが伝えてきた情報によれば、イスラエル軍が北部への支援物資のトラックの搬入を許可しないために、住民は家に保存していた缶詰の食料に頼らざるを得ず、野原や畑の野草を食べている。タマネギ1個が50シェケル(2000円)出さないと買えない状況になった。「ほんとうに飢餓状態です」とMは伝えてきた。 燃料の値段も急騰した。1リットルのディーゼル油が120シェケル(4800円)にもなった結果、交通費が高騰し、避難のために10~12キロを移動するのに1500シェケル(6万円)もかかる。収入のない住民たちに支払える金額ではない。 さらに深刻なのはせっけんやシャンプーなど日常の衛生用品がほとんど入手困難になったことだ。マーケットでも小さなせっけんが1500円ほどもする。このため、子どもたちの間に皮膚病が蔓延しているという。 長期間の過酷な避難生活が、住民たちの心理や行動様式に悪影響を及ぼしていることも見逃せない。Mが最も懸念するのは、これまでガザのパレスチナ人社会を支えてきたモラル・倫理の崩壊である。去年の10月7日以前には見られなかった犯罪が急増している。窃盗、殺人、さらにレイプなど性犯罪も頻発している。また家族の食料を得るため女性の売春さえ横行しているとMは報告してきた。精神的なストレスや空爆の恐怖のために多くの住民がうつ状態あり、イスラム教ではタブーの自殺者も増えているという。
普通の暮らしを破壊した「抵抗暴力」
ハマスによる越境攻撃を「占領への抵抗暴力」と呼ぶ人たちがいる。しかし現実は、逆に「占領からの解放」への道を後戻りできないほどに遠ざけた。ガザとその住民は10月7日以降、壊滅状態に追い込まれた。 「では10月7日以前の占領状態が続いた方が良かったと言うのか!」と反論する「パレスチナ支援者」がいる。私は迷いなく、「今の壊滅状態よりは間違ないなく良かった」と答える。 かつてガザには、占領による不自由な生活ではあったが、平穏な暮らしがあった。家族団らんがあり、2~3食の食事ができ、子どもたちは学校に通い、病気の治療も受けられた。パレスチナ人は「占領との闘い」というイデオロギー(思想)を糧に生きている「特殊な人間」ではない。私たちと同じように、「普通の生活」を送りたいと願う「普通の人間」たちである。「占領との闘い」のために「普通の生活」を捨ててもいいとは思ってはいない。疑うならば今のガザ住民に聞いてみるがいい。彼らはこう答えるはずだ。「10月7日以前の生活に戻りたい」と。 もちろん「占領からの解放」はパレスチナ人最大の願いだ。しかし今回のように住民の「普通の生活」を破壊してしまうハマスの「抵抗暴力」を望んでいるとは思えない。 パレスチナ・ガザ情勢を見るとき、私たちが見失ってはいけないのは、こうした民衆の視点である。 編集部注:土井さんのガザ取材30年の集大成映画「ガザからの報告」が10月26日から東京・新宿K’s cinemaで劇場公開されます。