「ひとりで戦っているのではない」鉄人・佐藤慎太郎が競輪場へ向かうタクシーでの“貴重な出会い”語る
とても貴重になった移動時間
話は少し遡るんだけど、高松記念に出場するため、オレは前検日にタクシーに乗った。座席についてからLINEの返信なんかをしてて、スマホをいじってたんだよな。そんな中、「記念かい? 佐藤君はずっと強いよな」と運転手さんに話しかけられた。スマホに集中してたし、最初は若干うわの空だったんだけど、競輪に詳しい感じの運転手さんで。 「競輪やるんですね」と返したら「やらないけど、身内が競輪選手だったんだよ」と言われて。「“だった”ってことは引退されてるんですね」とオレが続けると「引退じゃなくて亡くなったんだよ。佐藤君も一緒に走ってたよ」とのこと。さすがに気になって「どなたですか?」と尋ねたら、運転手さんは児玉広志さんのお兄さんだったわけ。本当に驚いた。持ってたスマホを自然に落としちまったもんな。 児玉さんといえば心底競輪を愛していた生粋の競輪選手だ。お兄さんは児玉さんの車誘導をしたり、練習の手伝いしたり、応援していた頃の思い出話をオレにしてくれた。今となってはお兄さんはたまに新聞で競輪情報に触れるくらいで、「レースをしばらく見ていない」と教えてくれた。残された家族の心境というか、近い距離で応援していた選手がいなくなってしまったときの気持ちが刺さっちまって泣けてきちまった。 応援している選手がいなくなったら、応援している人の気持ちの行き場までなくなることを痛感した。ファンや家族も、選手と同じように競輪を体感してくれているってことだ。 ファンからのDMや競輪場で「佐藤慎太郎だけを応援している」と声をかけてもらうことがある。そんな人が何人いるかなんて知らないけど、そういう人たちは佐藤慎太郎が走らなくなれば競輪を観るのをやめるのかもしれない。そんなことを考えた。 オレたち選手は応援してくれている人たち、支えてくれている人たちと共に走っているのだと思う。そんなことは昔から知っていたが、改めて大事なこととして深く考えるきかっけになったよ。 お兄さんは「児玉広志と走っていた佐藤慎太郎がまだ頑張ってんなら、久しぶりにレースを見てみるか」なんて言ってくれて。本当に光栄でした。移動時間の中で、「オレはひとりで戦っているわけではない」と思えるとは。とても貴重な時間だった。