デジタル社会の未来を1980年代に描いた先見の明 アトラスの原典「女神転生」シリーズの原作を読む
多種多様な販売形態の登場により、構造や文脈が複雑化し、より多くのユーザーを楽しませるようになってきたデジタルゲーム。本連載では、そんなゲームの下地になった作品・伝承・神話・出来事などを追いかけ、多角的な視点からゲームを掘り下げようという企画だ。 【画像】「女神転生」シリーズや派生作品のスクリーンショット 企画の性質上、ゲームのストーリーや設定に関するネタバレが登場する可能性があるので、その点はご了承願いたい。 第6回はアトラスの人気シリーズ『女神転生』の原作である西谷史著『女神転生: デジタル・デビル・ストーリー』を取り上げる。 「女神転生」シリーズは、国内でも老舗のゲーム開発会社アトラスの看板となる作品群だ。「ペルソナ」シリーズや「デビルサマナー」シリーズなど多くの派生作品が生まれており、いまなおファンの心を掴み続けている。 そんな「女神転生」の一作目は、1987年にファミリーコンピュータ向けに発売された『デジタル・デビル物語 女神転生』だが、その前年に西谷史によって書かれた小説『女神転生: デジタル・デビル・ストーリー』を原作としている。アトラスの伝説の始まりとも言える小説を、今回あらためて読んでみよう。 小説のストーリーはこうだ。主人公の中島朱実は秀才の高校生であり、特にパソコン関係にはとても詳しい。高校の選抜クラスに属しているが、そのやっかみで学校のガキ大将から目を付けられる。復讐のために彼が取った選択は、コンピュータのなかからデジタル・デビルを呼び出すというものだった。 次第にオンライン空間を行き来するようになったデジタル・デビルは、生贄として中島の恋人である白鷺弓子を手にかける。彼女の命を蘇らせるために、中島はデジタル・デビルに戦いを挑むのだった。 筋立てはシンプルだが、まず驚くべきはデジタル空間から悪魔を呼び出すという突飛な設定だ。オンライン上の存在が現実世界に悪影響を及ぼすというフィクションは、その後国内でも大量に生み出されていったが、その多くは高速光回線が安定してきてから考え出された想像力であり、西谷は80年代の段階でそこに注目したという点において、先見の明があったと言える。 特に、高校生がCAIルーム(※コンピュータ支援教育室のこと)を勝手に使用し、個人端末では足りないマシンパワーを駆使してデジタル・デビルを召喚するシーンは作中でも屈指の迫力がある。まだ幼く青い学生の好奇心や怒りが、個人の力量を簡単に増幅させてしまうパソコンという技術により、大きく膨らんでいった結果、世界を揺るがす大惨事へと発展していく様はなかなか恐ろしかった。 また、当然ながらゲームへとブリッジする要素も、この段階で多く見られる。 まず、デジタル・デビルたちの多様性に注目したい。主役級のヴィランであるロキは北欧神話の神であり、正確には悪魔ではない。他にも、ギリシャ神話からケルベロス、日本神話からイザナミやヨモツシコメ、エジプト神話からセトと、縦横無尽に拝借している。 この神話をミックスする感覚と、すべての超常的存在をいったん悪魔として総称しておく呼び方は、後のゲームシリーズにも通ずるところがあると、筆者は感じた。 ちなみに『女神転生』というタイトルは、ヒロインである白鷺弓子がイザナミの転生であるというところから来ているようだ。 80年代にしてオンライン空間が現実を浸食するビジョンを描いたことや、悪魔というモチーフに対する扱い方など、のちのゲームシリーズへの影響を数多く感じ取れる一冊であった。 西谷はあとがきで「“悪魔”という言葉を、“人間の邪悪な面を引き出す人工知能”と置き換えたなら、この物語の何分の一かは、近未来に実際に起こっても不思議のないことではないでしょうか」と述べている。 SNSの仕組みにより複数人のユーザーの悪意がどんどん増幅されていく瞬間や、小さなデマやフェイクニュースによって踊らされてしまう人々が世界中で見られるようになった現在、西谷の予言通り、デジタル・デビルは降臨してしまったと言っても過言ではないかもしれない。
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