『ブギウギ』第8週は戦火が広がる現代の写し鏡に 徴兵検査の合格で無邪気に喜ぶ六郎
「うれしいときは気持ちよく歌って、辛いときはやけのやんぱちで歌う。(中略)僕たちはそうやって生きていくんだよ」 【写真】大阪からの電報を受け取り心配そうに見つめるスズ子 移籍騒動を経て、スズ子(趣里)にはステージに立つ理由が一つ増えた。これまで憧れの歌手・礼子(蒼井優)のように、歌で現実を忘れる瞬間と現実に立ち向かう力を観客に与えてきたスズ子。でも、羽鳥(草彅剛)作曲の「センチメンタル・ダイナ」で失恋の痛みを昇華した彼女は気づいた。自分自身もまた、歌うことで救われてきたということに。 だが、まさか自由に歌えなくなる日が来るとは、ゆめゆめ思わなかっただろう。『ブギウギ』(NHK総合)第36話では、戦争の足音がすぐそばまで忍び寄ってくる。その音は徐々に 羽鳥とスズ子が奏でる楽しげな音楽を覆い隠していくのだ。 1939年9月、ナチス・ドイツがポーランドに侵攻したことをきっかけに第二次世界大戦が始まろうとしていた。日中戦争の最中である日本でも戦争に協力しようという機運が高まり、食料の供給が減らされる。体力勝負で大飯食らいのスズ子にとっても影響がないわけではなかった。 さらにスズ子を不安にさせるのが、梅丸の方針転換だ。前任の松永(新納慎也)に代わり、新たに梅丸の演出家に就任した竹田(野田晋市)は時勢に合わせた地味で愛国的な演出を推し進める。その中で竹田の目についたのがスズ子の化粧。スズ子といえば、長いつけまつげがトレードマークになっているが、その派手なメイクがこのご時世では人を不快にさせかねないという。 思わず不安を口にするスズ子を辛島(安井順平)は「派手なことだけ慎んでいれば大丈夫」としきりに安心させようとするが、それはどこか自分自身に言い聞かせているようにも感じた。彼もまた平静を装ってはいるけれど、世の中の空気がどんどん悪くなっているのを感じ取って心のうちは不安でいっぱいなのではないだろうか。むしろ落ち着きすぎるほど落ち着いているのは羽鳥の方で、「そのうちジャズは愛国精神が足りないなんて禁止になってしまうんじゃないか」と語る彼の先見の明に驚かされる。羽鳥の予想通り、戦争が本格化してくるとジャズは敵性音楽として徹底的に弾圧されるようになる。戦争はいつもこうして、少しずつ人々の暮らしを蝕んでいくものだ。 一方、大阪ではツヤ(水川あさみ)の体調がますます悪化し、いつもは「熱々や」としか言わない熱々先生(妹尾和夫)が「大きな病院で見てもらったほうがええ」と勧めるまでになっていた。もはや身体を温めるだけではどうにもならない状況なのだろう。ツヤが番台にいつまで経っても帰ってこないことを常連客たちも心配しており、当たらないで有名な易者(なだぎ武)の「もう少しで戻ってきます」という占いの結果に今だけはすがりたくなる。現在、ツヤの代わりに番台に座っているのは六郎(黒崎煌代)。しかし、その六郎に召集令状が届いたのだった。まさかツヤが戻ってくるというのはこういうことだったのか。 徴兵検査で甲種合格となった時もそうだが、無邪気に喜ぶ六郎と、彼を不安にさせないように気丈に振る舞うツヤの気持ちのすれ違いがあまりにも切ない。時代が変われば、死と隣り合わせの戦地に呼ばれるということが一種のステータスになってしまう。現代を生きる私たちにも決して無関係な話ではなく、羽鳥の家で話題に出た、国外退去になったという指揮者メッテルの出身がウクライナのキエフと聞いて思わずどきりとした人も多いのではないだろうか。その場所はまさに現在、ロシアによるウクライナ侵略で戦地と化している。加えて、イスラエルとハマスの軍事衝突による悲惨な人的被害の報告が日々SNSで流れてくる今この時だからこそ、スズ子たちの世界がどう変化していくのかをしっかりと目に焼き付けておきたい。
苫とり子