13歳との不倫は純愛? それとも洗脳? 「メイ・ディセンバー事件」から問う人生を“物語化”してしまうことの怖さ
実在する「メイ・ディセンバー事件」とは?
どこか浮世離れした雰囲気のグレイシーを演じるのは、『エデンより彼方に』をはじめ、トッド・ヘインズ監督と何度も協働しているジュリアン・ムーア。13歳で父親となったジョーは、新人のチャールズ・メルトン。そして、グレイシーの役を演じるため取材にやってきたエリザベスを、ナタリー・ポートマンが演じている。 実は本作は、1990年代に実際にアメリカで起きた通称「メイ・ディセンバー事件」から着想を得て生まれた。「メイ・ディセンバー」とは、親子ほど年の離れたカップルを意味する言葉だという。1996年、30代の女性教師メアリー・ケイ・ルトーノーが、教え子の少年と性的関係を持ち、逮捕された。彼との子を妊娠していた彼女は実刑を受け、刑務所で子を出産する。出所後に結婚したふたりは、仲睦まじい姿をテレビ番組などで披露するが、後に離婚。その数年後にメアリーは病死した。 これが初の長編作品となる脚本家サミー・バーチをはじめ、『メイ・ディセンバー』の製作者たちは、これは実話の映画ではなく、いくつかの実例からインスパイアをうけ、オリジナルの物語としてつくりあげたのだと主張している。たしかに、映画の主人公は教師と教え子の関係ではなくペットショップの店員同士、名前も現実の事件とは異なる。だが、映画がメアリー・ケイ・ルトーノーをめぐる事件を下敷きにしたのは明らかだ。劇中に登場する、グレイシーを取材したタブロイド紙の記事や写真、ニュース映像は、実際の事件とあまりにもそっくりだ。 とはいえ、映画の構造はフィクションとして精密につくられている。エリザベスという架空のキャラクターを中心にすえ、彼女の視点からグレイシーとジョーの現在の関係を観察し、彼らの過去を探っていく。観客は、エリザベスと共にこのふたりの人生を探索し、スキャンダルな物語を楽しむというわけだ。 ふしぎなことに、グレイシーは、過去を隠すわけではなく、自分たちの話を映画化されると知っても気にする様子がない。そういえば彼らが住む家は、ふたりの経済状況から考えるとかなり立派なものだ。夫婦は、自分たちの過去をメディアに売ることで生活を成り立たせているようにも見える。