【名手の名言】トム・ワトソン「寄せるんじゃない。入れるんだ」
レジェンドと呼ばれるゴルフの名手たちは、その言葉にも重みがある。今回は、ジャック・ニクラスを継ぐ“新帝王”と呼ばれた名手、トム・ワトソンの言葉を2つご紹介!
「寄せるんじゃない。入れるんだ」
トム・ワトソンが帝王ジャック・ニクラスの跡を継いで新帝王の座についたのは、82年、ペブルビーチGLで行われた全米オープンに勝ったときであろう。 ニクラスはワトソンが17番にいたとき、同スコアであがってアテストしていた。 ワトソンはその名物17番パー3で、右の深いラフに外した。全米オープンのラフの深さは想像を絶する。 そのときもボールのライはワトソンの足首まですっぽり隠していて、むろんボールなど見えるはずもない。ピンまで10メートルほど。誰もがボギー、もしくはダブルボギーもあると予想した。 そのアプローチを打つ前に、長年コンビを組み、家族同様といわれたキャディのブルース・エドワーズと言葉をかわし、ワトソンは何かささやいた。 このささやいた言葉というのが、冒頭のそれである。 そして打たれた球は宣言したとおり、スルスルとカップへ向かい、入ってしまったのだ。 このバーディでニクラスを突き放し、栄冠を手にしたといってもよい。 勝利後の記者インタビューで 「ブルースは、無理せず出そうといったのだが、あのときは入る予感がした。本当に入ると信じたんだ」 と淡々と語り、「新帝王」としての座を確固たるものとした。
「今でも、すまないことをしたと思っている」
これから書く話は、『ファイナル・ラウンド』(ジェームズ・ダッドソン著)というノンフィクションから取り上げる。 この本はゴルフを通じて父子の情愛を描ききり、全米でベストセラーになった。そのプロローグの章。 ゴルフライターでもある著者が、ワトソンに 「ゴルフ人生のなかで最悪だった瞬間はいつだったか?」 と質問すると、ワトソンは 「ワールド・シリーズで、サインをねだる男の子を無視してロッカールームからさっさと出ていったときだ」 と答えた。無視して出ていく自分をその子の父親が追いかけてきて、 「ワトソンさん、あんたは最低の人間だと思う。うちの息子はあんたの大ファンだったんだ」 と言ったという。その話をして、最後にワトソンは視線を落とし、頭を左右に振りながら、冒頭の言葉をつぶやいたのだ。 大体、そんな質問をされたら、普通なら競技上の、例えばメジャーで敗れたときなどを話すだろうが、ワトソンは違ったのである。 人によっては些細なことと思われるかもしれないが、「ゴルフこそ最も名誉を重んじるゲーム」だと信じるワトソンが、その信念とは逆のことをしてしまった悔悟から搾り出されたつぶやきだったのである。 ワトソンのワトソンたる、面目躍如の言葉として記憶しておきたい。 ■トム・ワトソン(1949年~) 米国・ミズーリ州カンザスシティ生まれ。スタンフォード大学を卒業し、71年にプロ入り。PGAツアー39勝。メジャーは全米オープン1勝(82年)、マスターズ2勝(77、81年)、全英オープン5勝(75、77、80、82、83年)計8勝。帝王ニクラスを継ぐ新帝王といわれるまでになったが、極度のイップスに襲われ、全米プロはとれず、グランドスラマーにはなっていない。知性派として知られ、88年にはゴルフ殿堂入りも果たした。