50年前の小説、有吉佐和子『青い壺』令和の時代になぜベストセラーに? 担当編集者に聞くヒットの背景
▪️一度は書店から消えた小説 1977年刊行の有吉佐和子の小説『青い壺』が今、ベストセラーとなっている。本作は書店から一度姿を消し、2011年に復刊されて話題となっている異色作でもある。復刊から10年以上の時が経った令和の今、なぜヒットしているのだろうか。きっかけとなったのは小説家・原田ひ香による文庫帯のコメントだと担当編集者である文藝春秋・文春文庫部の山口由紀子氏は言う。 老人のイヤイヤ期、脚フェチ、現実逃避……『恍惚の人』から50年、作家たちが描いてきた「老い」とは? 「原田ひ香さんが『青い壺』を賞賛している記事を見かけて、私自身原田さんの小説がすごく好きだったこともあり、2022年の末に帯のコメントをお願いしました。 (原田ひ香氏のコメントが載った)帯をつけてから書店での動きがずいぶん良い、これはイケると営業担当者が気づいて、細やかに書店対応をして本を送り込み”仕掛け販売”を行ってくれました。さらに新聞広告をうつとその反応も非常に良くて、主に50代以上の本好きの読者に対して上手く訴求することができたのかと思います」(山口氏) 一つずつ施策を図ることで、少しずつ読者層を拡大していくことに成功した本作。そしてテレビで紹介されたことにより、さらに多くの読者の獲得に繋がったそうだ。 「2024年11月28日放送の『おはよう日本』では9分間もの特集を組んでいただき、今までで一番大きな反響がありました。いい本ないかなと探している読書好きの人たちのさらに外側、なんとなくテレビをつけていて、有吉佐和子という名前や今どきの本じゃないのに売れているということに反応し興味を持ってくれた人にバッと広がった感じがありました。 放送後、Xで「入院中の母に『青い壺』を買ってきてくれと言われた」という投稿を見かけたり、友人から「久しぶりに書店に行った」という声を聞いたりとテレビの効果を実感しました。自分に置き換えてもそうですが、売れ出した時って”売れてる”こと自体に興味を持つ人の数も結構いると思います」(山口氏) 「人は、3回ぐらい同じ話題を目にするとようやく行動を起こす」といったデータもあるそうで、ただ「テレビで紹介された」からではなく、「書店における訴求、新聞広告と段階を経てテレビで紹介された」ことによってさらに売れるタームに突入したと言えそうだ。 ▪️累計52刷、64万部を突破 『青い壺』は、無名の陶芸家が生んだ青磁の壺が売られ贈られ盗まれ、転々と変わる持ち主とその周囲の人間模様が描かれた13編からなる連作短編集だ。当たり前だが、新聞広告をうち、テレビで紹介されたからと言って簡単に小説が売れる訳ではない。では本作のどんなところが現代の読者に響いたのだろうか。 「一つは、有吉佐和子という一流の作家が持つ、世の中に対する視線の凄さと文章の力だと思います。今に通じる家父長制やフェミニズムに触れる内容もありますが、それは例えば「女性差別に憤る」というようなことではなくて、もっと高い位置から俯瞰してるし、冷静。そのフラットな人間観とさらりと乾いた文体、自然と乗せられてしまう見事なリズムの文章、つまり『小説の力』が時代や老若男女問わず、読者に響くんじゃないかと思います」 また、有吉佐和子の小説の凄さは「エンタメ性」の高さだと山口氏は言う。 「『青い壺』13話のうちどこかには必ず、読者それぞれの悩みと重なるシーンや、知ってる人とそっくりな人物が登場したりします。 『昭和の主婦たちの話し言葉がうちの母親ソックリだから忘れられない』とか『会社人間が定年後に壊れる話が怖すぎた』『70オーバーの女性たちの京都旅行は身につまされて笑った』など、一話一話に鮮やかな工夫があってそれが心に残り「あれってどう思った?」と、人と話し合いたくなる。読みだしたら止まらない絶対的エンタメ作品なので、人にも薦めやすいみたいです」(山口氏) 『青い壺』は「定年退職した夫がずっと家にいて嫌だなあ」(第2話)というような、女性の本音も多く描かれているため女性読者の方が多いのではないだろうか。しかし、男性が読んでも全く嫌な気分にならず、むしろ男性だからこそ楽しめるシーンもあるだろう。ちなみに筆者(男性)は2話・5話・10話がお気に入りだ。 昨年12月には10万部もの増刷をし、 累計52刷、64万部を突破。今後ますます話題になることが予想される『青い壺』をこの機会に是非とも手に取り、家族・友人らと語りあうのはどうだろう。
リアルサウンド ブック編集部