【40代・50代の「医療未来学」】認知症薬は誰にでも手に入り、治るようになるの?
保険制度の問題も山積み
認知症薬レカネマブは、保険適用でも年間298万円と高額だ。治るかどうかの問題とはまた別に、高額な認知症薬でも、誰もが投薬できる未来は訪れるのだろうか? 「レカネマブについては、誰もが投薬できるようになるのかというと、YESとは言えません。なぜなら、先述のように認知症の初期状態の人向けに限定されていること。また、レカネマブは18カ月投与というルールが決まっていて、1年半は投与し続けないといけないので、実際は1人当たり約450万円もかかるわけです。 現状の医療保険制度に対するインパクトを考えると、レカネマブでは現実的ではないでしょう。なぜなら、多くの人にとって、どんなに高額療養費制度を利用したとしても、個人で月10万円以上の薬代は気軽に払えないのでは? 仮に月10万円は払えるという人でも年間では120万円(+半年分の60万円=180万円)で、残りの270 万円は仕組み上、国が出すことになる。所得の低い人であればさらに医療費がかさむわけですから、これはものすごい赤字財政となってしまいます」 なるほど…保険制度の未来はどうなると予測されるのだろうか? 「認知症薬に限らず、科学技術の進歩とともに、今後もいろいろな薬が登場すると思うんです。そうすると、今の保険制度のままでは、到底すべてをまかなうことはできなくなる。なのでこれからの日本の医療保険制度は、『重篤な病気に限ります』という方向にならざるを得ないのではないでしょうか。つまり、『ニキビは公的医療保険で治さなくても、今後はいいのでは?』ということですね」
目標は、「認知症になる人を減らす」
認知症については、原因を突き詰めるプロセスや新薬、その治験のスピード感、保険制度の問題が複雑に絡み合っていることがわかった。それでも未来においては、認知症は治る方向に進むのだろうか? 「認知症に関しては、がんとは違う側面があると、僕は思うんです。がんは、『本来は90歳まで生きるはずだった人が、60歳前に亡くなるのはよくないよね』という考えは正しいし、神に唾するものでもないと思うのですが、認知症については、人間の自然なプロセスという考え方も、多くの医者の中にはあるんです。 もちろん、認知症になったご本人やご家族が困るのは重々承知ですよ。僕の母親も、亡くなる前は認知症になっていましたから。じゃあ、認知症について希望が持てる落とし所はどこなのか。それは、『認知症にならない人の割合を増やす』という方向かなと思います」 確かに、高齢だとしても認知症にならない人もいる。 「誰もがそうなれる未来はあると思うんですよ。認知症になった人を治すには、今はまだ原因が明らかになっていないので、どのくらい先の未来で解決するのかは予測ができません。けれども認知症になる人を減らすのであれば、がんと同じく時間との競争で、亡くなるまで発症しない道を探ればいい。ゆっくり進行したとしても生活に支障がなければ、もちろんうれしくはありませんが、許容範囲ではあるという考え方です。病気に対しては常にそういうふうに考えて、オールorナッシングの『治る・治らない』だけで捉えると、それはなかなか難しくなってしまうことを理解していただきたいなと思います。 例えば僕も今61歳ですが、昨年1本、歯の神経を抜いたんです。今は神経を抜いただけでその歯はありますけども、血液が通っていないその歯は、10年経ったら使い物にならなくなることがわかっている。なので10年後には、遅くても抜かなきゃいけないんですね。 そうすると、10年後に71歳になった僕は、少なくとも1本歯を失っているわけですが、これも時間との競争です。テクノロジーの進化と社会の動きを鑑みて、自分が100歳まで生きるか120歳まで生きるのか、まだ寿命の予測は立てていませんけれども、その時までは食べられるように歯が残っていればいいわけです」 そうこうしているうちに、すごいインプラントや歯の再生技術が出てくるかもしれない。 「そう。それまでは、できるだけ自前の勢力で頑張っていきましょう、ということ。それはどんな病気であっても、同じことが言えるということなんですよね」 【教えてくれたのは】 奥 真也さん 医師、医学博士。経営学修士(MBA)。 専門は、医療未来学、放射線医学、核医学、医療情報学。 東京大学医学部22 世紀医療センター准教授、会津大学教授を経てビジネスに転じ、製薬会社、医療機器メーカー、コンサルティング会社等を経験。創薬、医療機器、新規医療ビジネスに造詣が深い イラスト/内藤しなこ 取材・原文/井尾淳子