『ラップスタア』の在り方はどう変化した? Kaneee、Watson……“王冠が無い王”の活躍から考える
■“ラップスタア”という絶対的価値以外の新たな価値
本稿でピックアップした3名以外にも、SATORU、Bonbero、valkneeら、活躍が目覚ましいラッパーが数多くいることは重々承知している。今回は網羅性を抜きに、筆者の趣味も含めての人選となったが、思えばTohji、WILYWNKAなど、ラップスタアという絶対的価値を掴みきれずとも、それがすべてでないと証明するラッパーは番組開始当初から存在してきた。その上で、STUTSから“飛び級レベル”のフックアップを受けたKaneeeや、賞レースに頼らないWatsonのような存在が登場することで、その傾向が色濃くなっている、という話である(Watsonはここでは関係ないと思われるかもしれないが、「MJ Freestyle」では〈ラップスターには落ちたが今がある〉とも歌っているあたり、番組のことを意識しているのは間違いない)。 また、ANARCHYやSEEDAが新シーズンのたびに語ってきた通りで、『ラップスタア』に登場している時点で、すでにラッパーとしての才能を持ち合わせているのは確実。自身の存在を世間にアピールするオーディション番組という性質上、もはや改めて書くまでもないのだが、リスナーに対して自身のバックグラウンドやキャラクター性を、ラップ以外の側面から共有できることにも、番組参加の意義があるのだろう。各ラッパーの地元を訪れ、彼らの幼少期や活動黎明期を知る人物とのやり取りを通し、各々の人となりをVTR形式で伝える「HOOD STAGE」は、その代表例といえる。 さらに具体的にいえば、すでに名の知れたラッパーやプロデューサーにチェックされたり、各種ストリーミングのプレイリストに楽曲がピックアップされたりと、いわばシーンの“カタログ”に載ることこそ、ある意味でラップスタアの称号や賞金300万円以上に大きな意味を持つもの。事実、今大会を勝ち進んでいるKohjiyaは、ラップスタアの王座につくことを、あくまで2024年における活動の勢いを「加速させるため」として位置付けていた。 繰り返しになるが、ラップスタアという絶対的価値よりも、そこで現状にどれだけのブーストをかけられるかが、多くのラッパーの間で重要視の対象に移り変わっている気がする。〈王冠が無い王〉にも十分な価値があると示されたいま、彼らのさらに上に立つ“ラップスタア”には、新たな理想像の模索が求められていきそうだ。
whole lotta styles