『光る君へ』でも描かれていた祈願。知っているようで知らない「お百度参り」の作法
日本でも古来から呪術の力が信じられていた。例えば、教科書にも出てくる春日局は、3代将軍・徳川家光のために「服薬や鍼灸を用いない」という誓いを立てた。また、江戸の庶民のあいだでも祈願を成就させるための呪術がおこなわれていた。それは、大河ドラマ『光る君へ』でも描かれていました。歴史作家・島崎晋氏が紹介します。 【参考写真】春日局など ※本記事は、島崎 晋:著『呪術の世界史 -神秘の古代から驚愕の現代-』(ワニブックス)より一部を抜粋編集したものです。 ◇服薬や鍼灸を生涯にわたって断った春日局 春()日()局と()は、徳川家()光()を3代将軍とした立役者にして、江戸城大奥の基礎を築いた人物。非常に意志が強く、行動力にもあふれた女性だった。 本名はお福。父は明智光秀に仕えた斎藤利三で、母は美濃国の稲()葉()通()明()の娘。本能寺の変を境に雌()伏()の時を余儀なくされたが、離婚して大奥に仕え、2代将軍徳川秀()忠()の次男竹()千()代(のちの家光)の乳母となったことを機に、権力の中枢近くで立ち回ることとなった。 竹千代には異母兄がいたが、母の身分が低い庶子だったことに加え、早世したため、竹千代は事実上の嫡男として扱われた。だが、同母弟の国()松(のちの忠()長)が生まれてからは状況が変わった。病弱で吃()音()、情緒も不安定な竹千代より、容姿端麗、才気煥発な国松を推す声が強く、生母の江()までが国松に肩入れした。 しかし、春()日()局()だけは竹千代の味方であり続け、駿府城にいた徳川家康に直訴することで不利な局面を覆し、竹千代の嫡男としての座を確立させた。 家光のためならいつでも一命を捧げる。彼女のその思いが行動に現われたのは1629年2月、疱()瘡(天然痘)に感染した家光が死線をさまよっていたときのこと。 春日局が生涯にわたり服薬や鍼灸を用いないと神仏に誓いを立てたところ、家光は死の淵から帰還を果たした。以来、彼女はどんなに体調を崩しても、けっして薬を飲もうとせず、家光が自ら服薬を勧めたときも、口に含みながら、ひそかに袖の下に吐き戻したという。 服薬や鍼灸を用いないというのは、神仏への誓いであると同時に、呪術効果を高めるための縛りでもあるため、縛りを破った場合、災いは彼女ではなく家光に降りかかる。だからこそ、春日局は生涯、縛りを守り続けたと考えられる。 ◇江戸庶民のあいだで行なわれたお百度参りと水垢離 自身に重い負荷をかける祈願は、江戸の庶民のあいだでも行なわれた。その典型的な例が、お百度参りと水()垢()離(みずごり)()である。 水垢離とは願い事をしながら冷水を浴びる行為を言い、垢()離()掻()とも呼ばれる。水垢離の「垢離」は、神仏への参詣に先立ち、水で心身を清める行為を指し、寺社の手()水()と同じく、『古事記』に見える、黄泉国から戻ったイザナミノミコトが全身に付着した穢れを除去するため、川に入り禊をする話が起源と思われる。 最も効果のある水垢離は厳寒の時期に行なうもの。回数に決まりはないが、千垢離、万垢離という言葉があることから、多ければ多いほどよいと考えられていたと推測される。 一方のお百度参りは、特定の神仏に百度参詣して祈願することを言い、お百度、百度参りとも呼ばれる。その歴史は平安時代末までさかのぼり、文献上で確認ができるのは、京都では院政期に参議を務めた藤原為()隆()の日記『永()昌()記()』に見える1110年3月18日に、賀茂社で行われたもの。 東国では『吾()妻)鏡()』に見える1189年8月10日に、源頼朝の正妻北条政子が奥州戦役の勝利を願い、御所の女房たちに鶴岡八幡宮でやらせたものが最初である。 当初は一日一回、100日にわたり継続する百日参りとイコールだったが、それでは日にちがかかりすぎるというので、一日に100回おこなうやり方に改められた。 他人に見られてはいけないとか、裸足でなければいけないとか言われるが、それは俗信にすぎない。お百度参りは呪術の一種ではあっても呪詛ではないから、他人に見られようが、履物を履いていようが問題はない。要は神仏の心を動かせればよいので、周囲の視線や身なりには頓着せず、終始無言で、全神経を祈願に集中させなければいけない。 現在の寺社には、百度石という標識を立てているところが少なくないが、江戸時代にそのようなものはなく、神社であれば鳥居、寺院であれば山門を一方の起点とし、拝殿または本殿・本堂とのあいだを往復した。そのため「お百度を踏む」という言い方がされる。 細かい作法は寺社によって異なるから、心配ならば事前に確認しておいたほうがよい。所定の作法がないところでは自分で判断するしかないが、神社が二礼二拍手一礼であるのに対し、寺院では拍手が厳禁であるなど、寺院と神社との根本的な違いは念頭に置いておかなければいけない。
島崎 晋