カリスマ的人気のピター氏 「タイ政治の犠牲者、私で最後に」
軍の影響力が強いタイで若者を中心にカリスマ的な人気を誇りながら、政治活動を禁止された最大野党のピター前党首(44)が17日、東京都内で毎日新聞などのインタビューに応じ、「私がタイ政治の犠牲になる最後の人物になることを願っている」と語った。 昨年5月の総選挙でピター氏率いる前進党は躍進して第1党となったが、保守勢力の反発を招いてピター氏は首相就任を阻まれた。憲法裁判所は今年8月、王室への不敬罪見直しを掲げた党の公約は違憲と判断して解党を命じ、ピター氏ら党幹部も10年間の公民権停止を言い渡された。 当時の心境について、ピター氏は「もしこれを個人的な出来事だと捉えていたら、おそらく私は壊れていただろう。ただ、制度的な問題だと捉えられたので、今は前向きな時間を過ごしている」と振り返った。 タイでは憲法裁の政治介入が目立ち、権力を握る軍などに有利な判断を示してきた。過去20年で34の政党が解党を命じられ、約250人の政治家が政治への関与を禁じられたという。 ピター氏の所属する政党が解散命令を受けたのは2度目で、「もし政党や政治家が終わるとしたら、外部の特別な権力ではなく、人々が彼らに投票しないことによってなされるべきだ」と訴えた。 現在は米ハーバード大の研究員を務め、ボストンとバンコクを行き来しながら、次世代のリーダー育成にも取り組んでいるという。「政治活動は禁じられても、一市民として選挙活動を手伝うことはできる。特定の政党に限らず、縁故主義などと闘う未来のリーダーを支援したい」と語った。 一方、政治家としては「国民が望むのであれば、復帰したい」と語り、10年後に再始動を見据えていることも明らかにした。 前進党の議員らは後継政党の国民党を設立し、2027年の次期選挙で単独政権を目指している。ピター氏は「外野からの意見」とした上で、「投票率が非常に重要で、私の時は史上最高だった。政治的圧力を乗り越えた上で、多くの国民が時間を費やして投票に行くほどの熱を持てるか次第だ」と述べた。 また、王室批判を禁じる不敬罪について問われると「日本で名誉毀損(きそん)は被害者本人が訴える必要があるが、タイの不敬罪は誰でも可能だ。だから、政敵を排除する武器として使われている」と説明。「政治の上に立つべき王を政治家が政治に引きずり込んでいる点が問題だ」と選挙で見直しを訴えた背景を語った。 ピター氏は、世界各国で右傾化が進み、民主主義の後退が広がっているとも指摘。「特に若い人々が心配すべき事象だ。自分の声が重視されず、多くの権力を少数の専制政治に委ねることになる」と懸念を示した上で、「歴史が何度も証明したように、民主主義こそが前進するための最善策だ」と強調した。 ピター氏は17日、東京大で開かれたセミナーでも講演し、タイの民主主義について「私はまだ希望を抱いている。若者が絶望せずに投票してくれれば、きっと変わる」と語った。【国本愛】 ◇ピター・リムジャラーンラット氏 タイの民主系野党・前進党(現在は解党)の前党首。2023年の総選挙で前進党が第1党に躍進し首相指名を目指すも、保守派の影響下にある上院の反対で阻まれた。今年8月に憲法裁から10年間の公民権停止を命じられ、現在は米ハーバード大研究員。タイ国内で絶大な人気を誇り、23年には米誌タイムの「次世代の100人」にも選ばれた。