「自分は常に、自身の全集の何巻目かを書いている意識」……作家の平野啓一郎さん
『瀬戸内寂聴全集』全25巻(新潮社) 18万2820円
この15年間を振り返ると、充実した作家生活に見える。『決壊』で芸術選奨文部科学大臣新人賞、『マチネの終わりに』で渡辺淳一文学賞、『ある男』で読売文学賞。自己の複数性を認める独自の思想「分人主義」に根差した作品を発表する傍らで、政治的な発言も重ねてきた。
「生きづらい感覚を制度的に解消しようとするなら政治行動、小説を通じて表現すれば文学。僕の中では文学と政治は表裏一体を成している。僕が好きな作家は政治意識が強い。大江さんも三島も瀬戸内さんも」
2021年に死去した瀬戸内寂聴さんに知己を得たのは、芥川賞受賞後、20代の時だった。残した作品は膨大で、大胆な性描写が目立つ初期から、作家の田村俊子や岡本かの子、女性解放運動家の伊藤野枝ら闘う女性を扱う評伝小説まで。一冊ずつ読んでも分からない「作家としての大きな歩み」が「全集をたどることで見えてくる」という。
「恋愛の自由」と「女性の権利解放」を地続きに読み解き、寂聴文学に「論理的な仕事の発展」を見いだす。「個人的な体験から、女性と政治に、問題のフレームを組み替えている」
自身もまた、全集を編むようにして筆を執るという。「自分の全集を書くって意識が昔からあるんですね。常に全集の何巻目かを書いてる」。自作を系統立てて分類し、「後期分人主義」と位置づけた第4期は21年の長編『本心』で一区切りつけた。
最新刊『富士山』は、新章に突入した平野さんが、次に進むべき方位を探った短編集だ。巻末の「ストレス・リレー」は、機械メーカーの社員が抱えるストレスが、別人物のストレスを次々と再生産し、縁もゆかりもない人物にまで不愉快な影響を及ぼす様相を切り取った。全編を貫く「偶然性」のテーマは、「タイムパフォーマンス」などの効率を重視する言葉が蔓延(まんえん)する現代への問いかけでもある。
「社会が偶然性を排除していこうとしている。だけど、人生って偶然的なものによって揺らいでいて、様々な可能性が開かれている。偶然的、刹那的な出来事が、『分人』の考え方とどういうふうに接合するのか」
まだ見ぬ平野啓一郎全集に、更なる厚みが加わっていく。(真崎隆文、おわり)