世界をアントレプレナーシップであふれさせるために
未来世代をも包摂するために、私たちが今すべきことは何だろうか。 インクルーシブ・キャピタリズム時代の世界を救う起業家たちと向き合う問いとは。 まず壮大な問いから、始めたい。これからの人類にとって最も重要な問いとは何だろうか。 これに対し、「どうすれば、私たちは未来の人たちにとって、よりよい祖先になれるのか」と答えたのが、英文化思想家のローマン・クルツナリックだ。『Forbes JAPAN』2023年6月号、昨年の「NEXT100」特集では、クルツナリックが著書『グッド・アンセスター』(あすなろ書房)のなかで掲げたこの問いをテーマにした。同号の表紙に登場した僧侶/アンセサリストの松本紹圭が「世界経済フォーラム(ダボス会議)」で世界のリーダー層に広めた考えでもある。 気候変動危機や生物多様性の危機、新テクノロジーによる脅威、次のパンデミック、富の格差、分断化された世界──。こうしたさまざまな地球規模の課題が顕在化しているからこそ、今年の特集も再び同じテーマを掲げている。 米『Forbes』、『Forbes JAPAN』では、コロナ禍以降、「インクルーシブ・キャピタリズム(包摂的な資本主義)」を提唱してきた。すべての人を包摂しながら発展する資本主義のあり方を意味する概念だ。ESG投資の退潮など当時と経済・市場状況は変わっているものの、ステークホルダー資本主義をはじめ、地球規模の課題を前に「新たな経済・社会」への移行は進んでいる。であるならば、「未来の世代」も含めた包摂的な資本主義のあり方も模索することが求められているとも言える。 クルツナリックによると、これまでの5万年とこれからの5万年を考えると、死者1000億人、生者77億人のこれまでに対し、未来世代は6.75兆人になるという(国連推定の「21世紀の1年あたりの平均出生数1億3500万人」が一定続くと仮定)。では、未来世代をも包摂するためには何ができるのだろうか。 地球規模の課題の多くは、「厄介な問題(Wicked Problem)」だ。社会が複雑にシステム化され、そこで生まれる問題がそれぞれ影響し合うため、問題の定義や解決策の発見が難しくなっている。だからこそ、その糸口を見つけるためには、複合的な課題を横断する「つながり」の構築が不可欠だ。それは、単一の主体からマルチステークホルダーの協働へとも、セクター横断のダイナミクスが本質的な役割を果たすとも、言い換えることができる。 ■新・起業家たちの「対話」の意味 つまり、未来世代のために「厄介な問題」を解決するために、経済を軸にした、ジャンルをまたいだ新たなコラボレーションモデルが求められている。「新連結」という新たなつながりを生み、つくる主役は、「NEXT100」で紹介するような新・起業家たちであり、私たち各人がもつ「アントレプレナーシップ」であろう。 今回、カバーストーリーで異なる分野の起業家たちの対話を設けたのも、この「新たなつながりを生む機会」にならないか、と考えたからだ。『クリエイティブ・デモクラシー』(一般社団法人公共とデザイン、BNN)で紹介されていたイタリア在住のデザイン研究者・エツィオ・マンズィーニによると、ソーシャルイノベーションは「人、専門知識、物質的な資産が新たな方法で接触し、新しい意味と未知の機会を生み出すことができるときに起こる。つまり、この可能性は、価値を創造するために協力する人々との出会いに大きく依存する」という。こうした多彩な起業家たちの出会いが「世界を救う」ための契機になるのではないか、という仮説だ。 とはいえ、日本が多彩な起業家とアントレプレナーシップであふれかえるためには、課題も多い。日本の起業文化はまだ発展途上にある。グローバル・アントレプレナーシップ・モニター調査による「起業活動の総合指数」を見ると、米国では20%近くの個人がなんらかの起業活動を行う一方、日本は6%に過ぎない。 『スタートアップとは何か』(岩波新書)の著者で、関西学院大学経済学部教授・加藤雅俊は「世界と比較すると起業活動と無縁な人たちが多い。人々が起業に関心を持つようにするためには起業に関する文化的・社会的な規範が変化していく必要がある」と話す。同調査によると、日本は起業活動と無縁な層が70%を超えるなど圧倒的に多い(米国20%程度、OECD平均30%強、韓国40%程度)という現実がある。 地球規模の課題解決、そして文化的・社会的な規範の変化──。これらはどちらも時間がかかり、どちらも「厄介な問題」だ。であるがゆえに、個人のビジョンを通して、さまざまな他者との出会いによる新しいコラボレーションをし、「わたしたちで、未来世代に対して、どのような経済社会をつくっていくのか」という問いに挑み続ける姿勢が必要なのかもしれない。だからこそ、昨年掲げた問いにエッセンスを加えたい。「未来世代のために、私たちがすべきことは今よりもたくさんあるのではないか」
Forbes JAPAN | magazine