「ぶっ飛ばすぞ」“パクリ看板” に激怒したきぬた歯科院長を直撃! それでも法的措置を取らない意外なワケ
東京・八王子の歯科医院「きぬた歯科」。“日本一有名な歯科” といっても過言ではない。多くの分院を展開する大型総合歯科でもなく、1996年に開院したJR西八王子駅前の一店舗のみ。そんな同院がメディアに取り上げられ、全国的に広く知名度を獲得するに至ったワケは、独自の “看板アピール” 戦略にある。 【写真】きぬた歯科の看板にそっくり?の “パクリ看板” 「東京の西側に住んでいる方なら、一度はきぬた歯科の看板を目にしたことがあるでしょう。マゼンタ(赤紫)、イエローなどのド派手なカラーリング、太めのゴシック書体で書かれた『インプラント』の文字、そして笑いかける院長の巨大な顔写真。 首都高沿いや幹線道路などに大量に設置された顔出し看板は、ひと目見たら忘れられない強烈なインパクトです。 現在、首都圏を中心に340以上の屋外広告を出しており、広告費用は年間で2億円もかけているとか。院長の羅田(きぬた)泰和氏自らデザインやキャッチフレーズを考案した看板のバリエーションは多岐にわたり、きぬた歯科の看板を探し歩くのを趣味とする、『きぬティスト』と呼ばれるマニアもいるほどです」(医療ジャーナリスト) デジタル全盛の時代に、一見アナログな “看板” という広告手法で大成功を収めたきぬた歯科。ところが、独創的でいてシンプルな看板デザインをめぐって、いまトラブルが起きている――。 《そろそろいい加減にしないと、ぶっ飛ばすぞ。マジで。》 きぬた歯科公式Xアカウントが8月24日、怒りもあらわなポストを投稿した。その理由を前出のジャーナリストが解説する。 「発端は、あるXユーザーの投稿です。神戸市バスの車外広告を撮った写真をアップし、その歯科広告の色使いがきぬた歯科に似ていると指摘するものでした。 これを見つけたきぬた歯科院長が、公式Xで反応。投稿を引用しながら強い言葉で怒りを表明したことから、ネットで注目を集めることになりました(※元投稿は削除済み)。 院長もそうとう腹に据えかねたのでしょう。その2日後には、きぬた歯科看板にそっくりな広告写真を複数枚アップしたうえで、《みんなプライド持てよ。オリジナリティを大切にした方が良いよ。マジで。》と投稿していました。 ここ数年、きぬた歯科によく似た看板は増え続けており、インスタグラムで『#きぬた歯科インスパイア』のハッシュタグで検索すると、同業者・他業種ふくめ無数の類似看板がヒットします。これまで、おおむね黙認してきた院長ですが、ついに堪忍袋の緒が切れたのではないでしょうか」(同) インスパイアと言えば聞こえはいいが、色使いまで一緒となると、露骨な “パクリ広告” と糾弾されても仕方ない。世にあふれる類似看板を本家はどう見ているのか。院長ご本人に、一連のX投稿の真意を聞いた。 「ウチが最初に始めた看板が、黄色一色の通称 “イエロー看板” なんです。黄色の次に、マゼンタ&黒&ブルーの3色を使った看板にシフトしていきました。この黄色と3色はウチのテンプレというか、ひとつのイメージカラーになっています。 パクリで一番やりやすいイエロー看板が、全国にボコボコ増えまくったのが4~5年前。全国の “きぬた歯科諜報員” みたいな人が、X上に『どこどこにこんな看板がありました』と逐一知らせてくれる。 それが首都圏だけじゃなくて、九州や東北、北海道とかとんでもない遠方にまで出現してて、けっこう頭にきてはいたんです。でも、それは別に違法ではないし、まあしょうがないなという感じでした。 マゼンタ&黒&ブルーという3色の組み合わせというのは、わかりやすいけど真似しにくい色のはずなんですが、こちらも3~4年前くらいから『真似されてるよ』って通報がポンポン増えてきて。 いよいよ『これはまずい』となり、商標登録をとることにしたんです」(きぬた院長・以下同) 商標登録をとるにあたり、思案を重ねて出願したのが “色”。一般に、色彩のみからなる商標は、査定がシビアとされる。色彩の商標登録が認められた例をあげると、セブンイレブンの看板やトンボ鉛筆の消しゴム『MONO』などがある。 「色は登録率がひと桁台と低く、弁理士さんも難しいと言うので、マゼンタ&黒&ブルーの3色に『インプラント』の文字を入れたパターンと、色だけのパターン両方を申請しました。 そうしたら、なんとそれが両方とも通っちゃった。出願したのが2023年8月で、通ったのが今年の5月。だから、それを引っ提げて、パクっている連中に内容証明を送ることは、もう余裕でできるんです。でも、まだそれをしてないのは理由があって……。 なぜかというと、彼らが真似すればするほど、全体的にウチの売上が上がっていることに気づいたんです。ウチは開業した28年前から、『なにを見て当院に来ましたか』という来院者データをすべて統計をとっていて、累計6万人になります。 それがここ数年、『●●市の交差点の看板を見て来ました』と言う患者さんに突っ込んで尋ねると、違う歯医者の看板であるケースが非常に多くなって。 パクリ看板=きぬた歯科と、みなさん、頭の中で脳内変換しているようなんですね。だから、僕としては、頭にきてる気持ちが半分、でも彼らも “アシスト” してくれているという気持ちも半分の2本立て。いま、そのジレンマなんです」 では、件の「ぶっ飛ばすぞ」投稿は、よほど逆鱗に触れる内容だったのだろうか。 「あの投稿に関しては、怒りがどんどん募っているところに『またパクリかよ、てめえ!』という過激な気持ちになって(笑)。 ただ、あれもキッカケに過ぎず、パクった歯科医院というより歯科業界に対して怒りを覚えたんです。僕は看板というツールにたどりつくまで、インターネット広告や地域新聞、タウン誌、NTTのイエローページに広告を出すなど、いろいろな試行錯誤を経てきました。ラジオ広告もやって失敗しました。 そうやって看板に行きついたんです。僕にとって看板は切り札であり、それだけ苦労しているということ。 だから、横取りするんじゃねえよっていう意味じゃなく。僕、もう58歳なんですよ? 還暦に近い人間が考えた手法を30~40代の人が真似するなんて、思考停止じゃないですか。もっといろんな想像力、発想力で面白いことができるはずなのに、それをやらずして我が物顔でパクリ看板の歯医者だらけ。 そうでなくても、歯科業界は景気が悪いと揶揄されているのに、きぬた歯科におんぶにだっこになっちゃっているでしょう。看板さえやれば身が立てられるという勘違い、安直な発想は、実際、そううまくいかないですよね。だからこそ、『お前らぶっ飛ばずぞ! 自分でなんとかしろよ!』と檄を飛ばしたのが本音なんです」 歯科業界そのものに向けて、憤りと痛烈な批判をしたきぬた院長。これまで誹謗中傷に関する名誉棄損訴訟には多く取り組んできたが、類似看板については、いまのところ踏み込んだ対応をする考えはないという。 「パクリ看板をどうこうするつもりは現時点でないけど、放置している弊害はもちろんあります。 たとえば、ある神奈川在住の女性がネットでウチの悪口を書き込んでいたので、発信者情報開示したことがあります。そいつの電話番号に直接連絡して、なぜこんな悪口を書くのか問いただしたら、フリーズしてしまって。『私、きぬた歯科さんに行ったことないんですけど』と言うわけです。ようは、他のパクリ看板と間違えていた、というオチです」 この種の類似看板に対し、法的に有効な手立てはあるのだろうか。商標登録に詳しい佐々木好一弁護士に見解を聞いた。 「法的には、(1)違法行為(看板に侵害するデザインや文言を使うことなど)の差し止め、(2)損害賠償の請求をすることが考えられます。(1)に関しては裁判だけではなく、仮処分といって、とりあえず行為をやめてもらうことを裁判所に命令してもらうこともあります。 本件で一番取りやすいのは、商標権侵害を理由とする対応です。著作権や不正競争の場合、そもそも権利があるのかという点が争いになり得ますが、商標権は登録されているため、権利自体は確定しているといえますから。相手方が商標権を侵害しているかどうかに(議論が)集中されると言えます」 では、類似看板を堂々と出している側は、どういうスタンスなのか。きぬた院長がXで指摘した類似広告を出している複数の歯科に「宣伝用の看板を作成するにあたり、きぬた歯科の看板をどこまで参考にしたのか」を問い合わせてみたところ、以下の回答があった。 まず、東京の「成増さくら歯科・矯正歯科」院長の桂田真理奈氏。 「商標権侵害などの意図はありませんでしたが、 商標登録に関しての情報提供があったため、今年8月の時点で看板の差し替えについて業者と話を進めておりました。 新しいデザインの看板が完成次第、差し替える予定です」 次に、埼玉の「HSデンタルサロン」理事長の鈴木隼人氏。 「参考もなにも、完コピしました。私としては、尊敬しているきぬた先生がやっていることをTTP(徹底的にパクる)しかないと思っているので、本当にダメと言われるまでは、目立つ場所があれば、同じ配色のいまの看板を出し続けます。やれることはやっていきます! きぬた院長が『ぶっ飛ばす』とXで書かれてましたが、ぶっ飛ばされるまで続けたいです。戦い続けたいです」 そのほかの歯科に関しては、「すでに看板を取り換えた」という回答だった。 最後に、きぬた院長にパクる同業者へのコメントを求めると、こんな言葉が返ってきた。 「僕は歯医者の勝ち組中の勝ち組なんですよ。いろいろ試行錯誤して、ブランディングマーケティングをして、自分のオリジナリティというものを作ってやると、はるかに伸びます。 単純に先駆者がやったものを、温度低く真似たところで、さして効果はないはず。そのまんま同じことをやるのは残念だし、もうちょっと頑張ってほしいところですね」 きぬた歯科パクリ問題の解消が、歯科業界全体のボトムアップにつながるかもしれない。