前月組トップスター・月城かなとがクールな軍服姿を見せる「フリューゲル -君がくれた翼-」
「フリューゲル -君がくれた翼-」は、冷戦下、東西ドイツがまだ分かれている時代、「ベルリンの壁」が崩壊する直前の東ベルリンを舞台にした物語である。 東ドイツ人民軍の大尉として忠勤に励むヨナス(月城かなと)は、国策によりコンサートに招かれることになった西ドイツの大スター、ナディア(海乃美月)を警護する役目を任される。全くソリが合わなかった二人だが、アクシデントを乗り越える中で、次第に心の距離を近づけていく。 最初は全然わかり合っていなかった西のナディアと、ヨナスたち東側の人々が、少しずつ理解し合い、やがては危機に対して力を合わせて立ち向かっていくまでになる。筆者もベルリンの壁があった時代を知っているだけに、両者を厳格に隔てていたはずの「国境」が次第に絶対的なものではなくなっていく過程を、息をのんで見守ってしまった。 【写真を見る】 主人公のヨナスを演じるのは、前月組トップスターの月城かなとだ。一見、いかにも仕事一筋の真面目な軍人だが、幼い頃に生き別れた母親のことで葛藤を抱えており、アフガニスタンの戦場で命を救われた体験もある。クールな軍服姿とあふれ出る温かい人間味とのバランスが絶妙な役どころで、月城の魅力がいかんなく発揮される。 そのヨナスを振り回しながらも、変えていくのが前月組トップ娘役・海乃美月演じるナディアだ。どこまでも自分に素直で自由奔放で、堅物だったヨナスが殻を破るきっかけを与えていく女性である。 時代錯誤なまでに社会主義を盲信するヘルムート(鳳月杏)は、内面にはらむ狂気を感じさせる。「マネージャー」として東に乗り込んできたルイス(風間柚乃)は、ユーモラスな雰囲気を漂わせながらも、実はタダモノではないところをうかがわせる。 ヨナスの友人である神父フランツ(夢奈瑠音)は信念をもって草の根の反体制活動を続けている。だが、活動グループの一員である学生のゲッツェ(彩海せら)には密かな迷いがあった。そして、ヨナスの母、エミリア(白雪さち花)は思いがけない人物に助けられていた...。様々な立場の人たちが、歴史の流れに翻弄されながらも強く生きていく様が描かれる作品でもある。 人と人との温かい絆が織り重なって政治体制さえも揺り動かしていくという経緯は、実際にドイツ統一が成し遂げられているだけに、「歴史というものは、このようにして動いていくものなのかもしれない」と感じさせる。そして、ベルリンの壁が崩れていく場面では、「歓喜の歌」の大合唱の中、廻り舞台を効果的に使って東側と西側それぞれの民衆たちが心を合わせていくさまを見せ、圧巻だった。 タカラヅカ作品の舞台は、フランス革命期のパリであったり、世紀末のウィーンであったり、時代も場所も身近ではないことが多い。だから、自分が肌感覚で知っている時代や場所での物語がタカラヅカの舞台上で展開していることに、最初は不思議な感覚があった。 だが、物語が進むにつれて、巨大な歴史のうねりの中での一人ひとりの力を信じたくなる。希望を感じさせる。その意味で、この作品もまた、「とてもタカラヅカらしい」のかもしれないと思った。 文=中本千晶
HOMINIS