米国ドラマシーンの“いま”を知る作品はこれだ!「SHOGUN 将軍」「一流シェフのファミリーレストラン」などディズニープラスの高品質ドラマをピックアップ
毎年9月(2023年度のみ、ストライキを受けて翌年1月に延期)に行われる、アメリカのテレビシリーズの最高峰を決める賞、プライムタイム・エミー賞(以下、エミー賞)。配信作品も含めたテレビシリーズのなかから、この年最も耳目を集めた作品やクリエイター、キャストに授与される賞で、2024年は第76回目となる。星の数ほどあるドラマシリーズから選抜されたエミー賞受賞作は、話題性や革新性、おもしろさのお墨付き作品であると言える。なかでもディズニープラスには、過去にエミー賞を席巻した名作・重要作が多く揃っている。そのなかで、アメリカのドラマシーンの“いま”が感じられる最近の受賞作から、最新話題作までをピックアップ! 【写真を見る】エミー賞受賞作も多数!ディズニープラスで見られる、間違いない高品質ドラマを一挙紹介 ■戦国時代に翻弄される女性たちの描き方も先駆的な「SHOGUN 将軍」 2024年、世界中のドラマファンが最も熱中している新シリーズと言っても過言ではないのが「SHOGUN 将軍」。イギリスの小説家ジェームズ・クラベルの原作を基に、戦国時代末期の日本における武将たちの攻防を描く。アメリカでは、1980年代に作られた三船敏郎主演のドラマも根強い人気を誇る。2024年版では、徳川家康をモデルにした吉井虎永役を演じる真田広之がプロデューサーも務め、海外資本作品に正しい歴史・文化考証を取り入れるよう尽力している。 エミー賞では、真田広之が主演男優賞、英国人航海士の按針の通詞を務める戸田鞠子役のアンナ・サワイが主演女優賞、野心家の武将・樫木藪重を演じる浅野忠信、石田三成をモデルにした石堂和成役の平岳大が助演男優賞候補となり、22部門計25の最多ノミネートの快挙となった。高評を受け、シーズン2、3の製作が新シーズン更新と同時に発表されている。 戦国武将の攻防に次ぐ攻防、そして愛憎、裏切りなどの急展開が日本戦国版「ゲーム・オブ・スローンズ」との呼び声も高く、ビンジウォッチング(イッキ見)必至。上記4人以外にも細川藤孝をモデルにした戸田広松を演じる西岡徳馬、豊臣秀吉の側室をモデルとした落葉の方を演じる二階堂ふみ、徳川家康の側室をモデルとした桐の方を演じる洞口依子など、豪華キャストがそろっている。これらの日本人キャストたちの演技が、ドラマの質と没入度を格段に上げてくる。特に、後半の展開で覚醒を遂げる鞠子役のアンナ・サワイ、家族を奪われ按針の正室となる宇佐美藤役を演じた穂志もえかの強くしなやかな演技に目を見張る。戦国時代に翻弄される女性たちをこのように描いたドラマ(しかも海外製作で)があっただろうか? ■後世に語り継がれそうな名エピソードだらけ!「一流シェフのファミリーレストラン」 シカゴの家族経営レストランを立て直す家族と仲間の物語。星付きレストランで腕を磨いていたカーミー(ジェレミー・アレン・ホワイト)は、自殺した兄が経営していた店を任され、作業員のリッチー(エボン・モス=バクラック)やシドニー(アヨ・エデビリ)らと共に切磋琢磨する。忙しない厨房の人間関係と繊細な料理をスピーディに見せる演出・脚本、そしてキャストの熱演が高評価を受けている。2021年のシーズン1ではホワイトがゴールデン・グローブ賞ドラマ部門主演男優賞(ミュージカル/コメディ部門)、第75回エミー賞では作品賞、主演男優賞、監督賞、脚本賞など最多10冠に輝いている。シーズン2も、ゴールデン・グローブ賞テレビドラマ部門(ミュージカル/コメディ部門)最優秀作品賞、最優秀男優賞(ジェレミー・アレン・ホワイト)、最優秀女優賞(アヨ・エビデリ)の主要3部門を受賞するという快挙を遂げた。今年度のエミー賞では主演助演だけでなく、ゲスト出演も含め23ノミネートを記録した。 シーズン1では崩壊寸前の家族経営レストランの再起動、シーズン2で新しいレストラン「The Bear」の開店までを描き、シーズン3ではレストラン運営と評価に対し苦悩する姿が描かれている。ゲスト出演も豪華で、シーズン2にはジェイミー・リー・カーティスとボブ・オデンカーク、オリヴィア・コールマンが出演している。 1話約30分のスピーディなドラマながら、「一流シェフのファミリーレストラン」には物語や演技だけでなく演出手法においてもいくつも名エピソードが存在する。シーズン1では第7話の忙しない厨房のワンカット風撮影、シーズン2第6話でも同様の撮影方式で感謝祭の食卓を豪華カメオを交えながら描く。続く第7話は、口が悪く短気なリッチーが覚醒する様、苦悩のなかで聴くテイラー・スウィフトの楽曲と相まってシリーズ最高傑作の誉れ高い名エピソード。そして、シーズン3の第1話がまた後世に語り継がれそうな出色の出来で、ファンの期待を軽々と超えてくる。 シーズン3にはシドニー役のアヨ・エデビリが演出を務める回もあり、彼女らしいハートフルなエピソードに仕上がっている。ショーランナーのクリストファー・ストーラーは、『エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ』(18)のボー・バーナムとのコラボレーションでも知られ、人気ドラマ「ラミー 自分探しの旅」でも演出・製作を務めている。エグゼクティブ・プロデューサーには「アトランタ」や「Mr.&Mrs.スミス」のヒロ・ムライが名を連ね、エンタテインメント業界の次世代を担うクリエイターが多数そろっていることも注目だ。 ■実在の女性経営者を描いたクライムドラマ「ドロップアウト~シリコンバレーを騙した女」 サーチライト・テレビジョン製作の今作は、実在する女性起業家をモデルとしたトゥルー・クライムドラマ。スタンフォード大学を中退(ドロップアウト)し、医療ベンチャー企業「セラノス社」を立ち上げたエリザベス・ホームズ(アマンダ・セイフライド)。血液検査とテクノロジーを掛け合わせたセラノス社は瞬く間に注目を集め、ホームズは時代の寵児としてもてはやされるように。ホームズを演じたセイフライドは、第80回ゴールデン・グローブ賞テレビ部門(リミテッド・シリーズ/テレビ映画作品)で主演女優賞を受賞している。 昨今、Apple TV+の「WeCrashed ~スタートアップ狂騒曲~」や映画『ブラックベリー』(23)など、テック企業を舞台とした実録作品が多数作られている。また、トゥルークライムものとしては、実在する詐欺師をモデルとした「令嬢アンナの真実」(Netflix)、ストーキングの狂気を被害者自らドラマ化した「私のトナカイちゃん」(Netflix)など傑作が多い。「ドロップアウト~シリコンバレーを騙した女」は、その二大人気ジャンルを掛け合わせ、狂騒の時代が生んだモンスターを描く傑作だ。 ホームズは、まるでスティーブ・ジョブスのような黒いタートルネック姿と落ち着いた声色で男性社会の医療業界に風穴を開けたが、彼女の経営プランこそが穴だらけだった。大学を中退(ドロップアウト)したホームズが、一滴の血液(ドロップ)をもとにビジネスを立ち上げ、やがて凋落(ドロップアウト)していく。ちなみに、投資詐欺罪で起訴された実在のホームズは有罪判決を受け、現在もテキサス州の連邦女性刑務所で服役中。 ■新人教師と子どもたちのユニークな日々を描く「アボット エレメンタリー」 「ザ・オフィス」に代表される、アメリカのテレビシリーズで人気を集める擬似ドキュメンタリー風シットコム。フィラデルフィアの公立小学校を舞台に、初等教育にパッションを傾ける新人教師ジャニーン(キンタ・ブランソン)と、彼女を取り囲むユニークな同僚や子どもたちとの日々を描く。「アボット エレメンタリー」は、InstagramやBuzzfeedで自作コメディビデオを公開していたブランソンのオリジナル企画で、脚本と主演も務めている。ちなみに、「一流シェフのファミリーレストラン」のアヨ・エデビリも脚本家やゲストスターとして参加している。2022年の第74回エミー賞では脚本賞、キャスティング賞、主演女優賞(キンタ・ブランソン)、助演女優賞(シェリル・リー・ラルフ)を受賞。今年1月に行われた第75回エミー賞では、コメディドラマシリーズ部門の主演女優賞をキンタ・ブランソン(「アボット エレメンタリー」)、助演女優賞をアヨ・エデビリ(「一流シェフのファミリーレストラン」)の2人の黒人女優が受賞し、エミー賞始まって以来の快挙となった。 おかしいんだけどなぜか気まずい、微妙な笑いのツボを突いてくるドラマは「クリンジ・コメディ」と呼ばれ、アメリカの人気ジャンルとなっている。新進気鋭コメディクイーンのキンタ・ブランソンは、公立小学校という絶妙な舞台で、個性派ぞろいの教師たちと現代的な子どもたちの日常を“むず痒い”笑いとして描きだす。次に挙げる「マーダーズ・イン・ビルディング」と共に、1日を笑って終えるコンフォート・ドラマとして定着している。 ■忙しない1日を終えるにふさわしい”コンフォート・ドラマ”「マーダーズ・イン・ビルディング」 NYのアッパーウエストサイドにあるアパートを舞台に、“トゥルー・クライム(犯罪実録)ポッドキャスト”を手掛ける3人――俳優のチャールズ(スティーブ・マーティン)と、劇作家のオリバー(マーティン・ショート)、そしてZ世代のメイベル(セレーナ・ゴメス)――が、殺人事件の捜査に乗りだす。2人の老人と世代を超えた友情を結ぶメイベルの掛け合いがおもしろく、ドラマはすでにシーズン4(8月27日より配信予定)まで継続中。ゲストにはメリル・ストリープ、スティング、ジミー・ファロンらが名を連ねている。毎年常連のエミー賞だが、今年はセレーナ・ゴメスの初のコメディ部門主演女優賞候補を含む21ノミネートを記録している。 「マーダーズ・イン・ビルディング」の見どころは、なんと言っても“安定感”。1話30分前後の手頃なサイズ、スティーブ&ショートのWマーティンの軽妙で安定したコメディ演技に、セレーナ・ゴメスが豪快に突っ込みを入れる姿を見るだけで大爆笑、忙しない1日を終えるにふさわしい、コンフォート・ドラマ(観ると安心するドラマ)と言える。ショーランナーのジェフ・ホフマンは人気シットコム「グレイス&フランキー」(Netflix)でも知られているだけあり、密室(シチュエーション)コメディづくりはお手のもの。この手のドラマの成功はまずキャスティングにあり、Wマーティンだけでなくセレーナ・ゴメスを起用したのが勝因だ。ミュージシャンとしての知名度が高いゴメスだが、実は子役出身。女優としてのポテンシャルも高く、コメディアンの大先輩2人と見事な三つ巴を形成している。 ■マイケル・キートン主演の社会派ドラマ「DOPESICK アメリカを蝕むオピオイド危機」 第74回エミー賞において、マイケル・キートンが主演男優賞 (リミテッド/アンソロジー・シリーズ部門) を受賞。キートンが演じる地方都市の診療所の医師、彼に新薬を売り込む製薬会社MRをウィル・ポールター、製薬会社社長にマイケル・スタールバーグ、鎮痛剤を処方される患者にケイトリン・デヴァー、製薬会社と麻薬系鎮痛剤を追う検察官にピーター・サースガードと、豪華キャストがそろっている。全8話のリミテッド・シリーズながら1本の長い映画を観ているような緊張感と没入感が続く作品だ。 1999年以降、アメリカでは大手製薬会社パーデュー・ファーマ社の処方鎮痛剤オキシコンチンなど、麻薬性鎮痛薬オピオイドを含む鎮痛剤が大量に処方され、中毒患者が続出した。この「オピオイド危機」によって60万人以上が死亡。集団訴訟の被告となったパーデュー社は2020年に米司法省に対し60億ドル超の和解案に合意し、罪を認めた。だが、現在も数千件の個人訴訟は継続しているうえに、2024年6月には米最高裁がパーデュー社の創業主のサックラー家の保護措置を含む和解策を無効化。いまもなお大きな社会問題となっている。 アメリカ国外ではあまり知られていないかもしれないが、「オピオイド危機」は現在進行形の社会問題。同様の主題を扱う作品も多く、「DOPESICK」がおもにパーデュー社の川下で市民に与える影響を描いているのに対し、「ペイン・キラー 死に至る薬」(Netflix)では、リチャード・サックラー役をマシュー・ブロデリックが演じ、資産家一族の新薬開発の裏側を暴く。また、ヴェネチア国際映画祭金獅子賞を受賞したドキュメンタリー『美と殺戮のすべて』(22)では、写真家のナン・ゴールディンがNYのメトロポリタン美術館に巨額の寄付を行うサックラー家に一撃を喰らわせる。社会問題と近接したドラマシリーズは、報道で知る事件により多角的な視点を与えてくれる。 文/平井伊都子 ※西岡徳馬の「徳」は旧字体が正式表記