『おむすび』早期離脱はもったいない? 『虎に翼』視聴者も響く平成ギャル文化
2024年の『NHK紅白歌合戦』の司会が、伊藤沙莉と橋本環奈に決まった。朝ドラの前期と後期の主人公がふたりそろって司会を担当するのは紅白史上初だという。とりわけ後期はちょうど撮影中のため物理的に難しいとされてきた。今回は、橋本環奈がすでに紅白司会経験者であるうえ、その司会っぷりが極めて的確だったので、朝ドラと並行しても安心という判断なのだろう。 【写真】第2週の回想シーンで一瞬だけ登場したギャルモードの仲里依紗 年の瀬、朝ドラことNHK連続テレビ小説『おむすび』はどこに向かっているだろう。もう栄養士になっているだろうか。ギャルたちとパラパラを踊ったりするだろうか。 第2週「ギャルって何なん?」(演出:松木健祐)は、米田結(橋本環奈)がかつて姉・歩(仲里依紗)が所属していたハギャレン(博多ギャル連合)の残党とじょじょに心を通わせていく。 最初は先入観で毛嫌いしていた結だが、ギャルたちにもいろいろ事情があった。たとえば、スズリンこと田中鈴音(岡本夏美)は父がいないため貧しく、スナック菓子で食費を節約している。リサポンこと柚木理沙(田村芽実)は学校では一般的な高校生の格好をしていて放課後、ギャルファッションに着替えるという二重生活を送っている。そして、いつも堂々として見えるルーリーこと真島瑠梨(みりちゃむ)の家庭は、父母の仲が冷え切っており、居場所がハギャレンしかなかった。結をハギャレンの総代にして盛り返そうと躍起なのは、自分の居場所を守りたかったのだ。ある種の依存という気もするが、家庭がさみしい状況とあればそれも仕方のないことだろう。 スズリンやルーリーと比べたら結の家庭は恵まれているほうである。父・聖人(北村有起哉)と母・愛子(麻生久美子)が姉のことでいつもギスギスしている様子を幼い頃から見ていた結は、それがいやでたまらず、姉のようになるまいと強く自分を律してきた。だが、ギャルという存在がすべて悪いものではないことを、ルーリーたちとの交流で知る。 ギャルたちとの友情の証にパラパラを一緒に踊ることにする展開は学園青春ものである。思えば、朝ドラではたいてい、主人公がうんと幼い頃を1、2週描いたあと、すぐに独り立ちする年齢になるので、まだ何者でもない青春時代を描くことが意外と多くない。現代ものが少なく、戦前戦後、学校に行く者とすぐに働く者の差が大きかった時代を舞台にすることが多いからであろう。その点、現代ものでは、高校進学は義務教育ではないものの、当たり前となって描きやすいはずなのだ。 いずれにしても、学生時代、まだ社会の厳しさに出会う前の猶予の時間は人生においてかけがえのないものである。目下再放送中の『カーネーション』は戦前、主人公・糸子(尾野真千子)がミシンの魅力にとりつかれ、女学校を中退し、自ら働く道を選んだ。ところが仕事とはいかに厳しいか思い知らされ、呑気な学校時代を懐かしむ。『虎に翼』では前半の明律大学女子部法科時代、女子たちの友情が高評価で、それが最後まで求心力となっていた。『舞いあがれ!』は高校ではなく大学時代だったが、部活動がキラキラの青春もので評判が良かった。だからこそ『おむすび』ではあえて主人公の高校時代を描いてみることにしたのではないだろうか。 結は最初のうち、キラキラの青春に興味がないようだったが、書道部の風見先輩(松本怜生)に心惹かれ、入部し、青春のはじまりの予感を覚える。結のことを意識しているらしい幼なじみの陽太(菅生新樹)は、結が風見先輩に惹かれているのを察知して焦りを感じ、野球の試合でいいところを見せようとする。陽太の野球部の対戦校に所属していた翔太(佐野勇斗)も結を意識しているようで……とまるでスイーツ映画のような雰囲気である。 恋と友情にがぜん忙しくなる結。平日は部活、土日はギャルとの友情、家族は農業をやっていて、結も時々お手伝い。勉強はいつしているのだろうか。それは良しとして、結は概ね充実した日々を過ごしているように見える。 牧歌的な風景のなかの青春。気楽に見られる題材と思いきや、そこに立ちふさがるのがギャルである。書道部と野球部の話だったら地味過ぎるが、ギャルのおかげで画面の色彩も鮮やかになる。ただ、ギャルはあまりにも独特で、戸惑う視聴者も少なくないようで、SNSでは、ギャルに興味がない視聴者のネガティブな感想も見かける。 ただ、前作『虎に翼』を高く評価した視聴者であれば、未知なるギャルたちの言葉を傾聴することの重要性を十分認識できているはずなのだ。ギャルをこの世界にいない者に(透明化)することなく、彼女たちはなぜ独特のギャル文化を生み出したのか、その心情を知る土壌が、本来、前作でしっかり出来上がっているはずなのだ。少なくとも筆者はそうで、正直、ギャル文化には疎く、ドラマの再現度が高いのかどうか判断がつかないながらも、未知なる文化を知ってみたいと感じている。 『虎に翼』最終回後に、松山ケンイチが全130回を一気見し、感想をX(旧Twitter)にポストしていたが、その総括として、「ドラマは人それぞれの生き方を肯定しようとする言葉が一貫してたな。」とか「仲良くするっていうのは他人の事を知って他人の選択を尊重することなんだろうかと、」と書いていて、絶賛されている。さすが、作品をしっかり受け止めることのできる俳優である。とはいえ、自分とは異なる他者を肯定することとはなんと難しいことか。 ドラマでギャルを描くことが受け入れられない人もいるのが現実である。もっともドラマ鑑賞はあくまで娯楽なので、興味のないジャンルを無理に選択しなくても仕方のないことだけれど、たまには未知の文化に触れてみるのも悪くない気がしている。ギャル文字は難しいけれど、リサポンがギャルを細分化して毎回、違ういでたちにしているのは興味深いし、パラパラは観ていて楽しい。
木俣冬