錦織は、今、スランプなのか?
あらためて、錦織が今季負けた相手をざっと見返してみた。全米の1回戦で敗れたペールは当時41位で、楽天のときには32位にアップしていたが、途中棄権以外で30位以下の選手に敗れたのは今季この2回だけである。ちなみに、今季30位以下の選手に一度も負けていないのは王者ノバク・ジョコビッチくらいで、ロジャー・フェデラーは3回、マレーも2回負けている。しかもフェデラーが上海で負けた相手は70位で、マレーも2月に当時84位だったチョリッチに敗れた。錦織は2013年の全米1回戦で179位に不覚をとって以来、70位以下の選手には一度も黒星を喫していない。 しかし、今のフェデラーやマレーが70位や80位の選手に負けたからといってすぐにスランプと言われないのは、最近もグランドスラムとマスターズシリーズでの確かな実績があるからだ。昨年、全米オープンとマドリード・マスターズで準優勝した錦織だが、今年はマスターズシリーズでベスト4、グランドスラムはベスト8が最高だった。その流れの中での〈全米以降〉だから、たった1ヶ月半の間に不振というようなイメージがつくのかもしれない。ツアー3回の優勝を果たし、ランキングも自己最高の4位をマークしたシーズンであったにもかかわらず、だ。 グランドスラムとマスターズの成績が明確な評価基準とされていることは、大物たちの過去からもうかがえる。フェデラーは信じられないことに一昨年の終盤には引退も囁かれていたのだが、あの年はこの13年間でグランドスラムとマスターズシリーズで一つもタイトルが獲れなかった唯一のシーズンだった。マレーも昨年はスランプで、まだ30歳になっていない彼にはフェデラーのような引退説こそ出なかったが、ウィンブルドンを初制覇した前年の輝きを取り戻すのは難しいだろうと言われたものだ。30位や40位の選手に負けていたからではない。やはり、08年以降初めてグランドスラムもマスターズシリーズも優勝できない年であった。 高い価値があるからこそ誰もがそのタイトルを目指し、誰もが高いモチベーションで臨むからこそタイトルに価値がある。錦織も昨年末、2015年の目標について「今年(2014年)以上の成績。グランドスラム、マスターズの優勝を目指してがんばる」と宣言したが、そのときに、「これまでの無我夢中の挑戦と違って、自分の立場を守りながらの挑戦になる」と覚悟も口にしていた。錦織が言う、自分にもっと必要な「経験」というのはまさにそれだろう。追われる立場、挑戦される立場を克服しつつ、自分自身がトップに挑み勝つという経験のことだ。 まだシーズンは終わっていない。冒頭にも触れたが、来週には今年最後のマスターズシリーズ、パリ大会がある。錦織は故障明けに驚くような好結果を残すことが多く、そういう意味では右肩の痛みが深刻なものでさえなければラストチャンスにも期待をしてしまう。 テニスの魅力の一つは、どんな状況からでも流れを変えるチャンスをつかめることだ。 (文責・山口奈緒美/テニスライター)