【オーストラリア】【農業通信】どうなる? オーストラリアの牛肉輸出 畜産団体MLA・市場分析マネジャーに聞く
中国のオーストラリア産農産物に対する輸入規制の撤廃や米国の生産急減など、世界の牛肉市場が大きく変動している。東南アジア諸国では牛肉消費が増加する一方、日本では円安が貿易に影響を与えている。オーストラリアの牛肉輸出を巡る市場トレンドや今後の見通し、消費者動向について、畜産業界の中心的な団体のオーストラリア食肉家畜生産者事業団(MLA)で世界各国の市場分析を統括する、マーケット・インサイト&アダプション・マネジャーの近藤美穂子氏に、シドニーのMLA本部で話を聞いた。【オセアニア農業専門誌ウェルス編集部】 ――中国政府が今年5月、制裁として差し止めていたオーストラリアの食肉処理施設からの輸入を再開しました。今後の中国との牛肉貿易の見通しは? 最近の輸出動向を振り返ると、2024年1~6月現在でオーストラリアの牛肉輸出先は米国が最大市場で、日本が2位、中国は3位でした。中国への輸出量は前年からわずかに減少し、この点だけを取り上げると確かに勢いが弱まったように見えます。しかし、実はオーストラリア産グレインフェッド(穀物肥育)牛肉の対中輸出は増加しており、今回の再開で各施設が市場に再参入できたのは非常にいい材料だと思います。 もともとビジネスレベルで関係が悪化していた訳ではありません。以前から企業と企業や人のレベルでの交流は良好でした。今回の解禁はその状態が正常化されたと言えます。 中国の消費に関しては、MLAの現地事務所から経済減速に伴う消費者の外食控えや購入意欲の減退という情報が入ってきています。ただし中・長期的にみると、オーストラリアの牛肉業界がターゲットとする、中・高所得層の消費が今後も増加するという方向性が予想されています。 さらに中国の牛肉消費の拡大ペースは国産の供給増加ペースを上回ると予想されています。消費量と供給量のギャップは今後も拡大することから、輸入牛肉への需要は引き続き強いというのが現在の見方です。 また、牛肉の味わいを理解する消費者層が拡大しているという調査結果もあります。MLAの訴求活動においても、かつては「『プレミアム牛肉』とは何か」を理解してもらう段階から始まりました。今では消費者の間に「高品質で自分と家族がおいしく楽しめる牛肉を自宅でも味わいたい」という需要が高まっています。 こうした点から、対中輸出は中・長期的にポジティブだと考えています。 ――中国の豪産農産物の輸入規制に際し、オーストラリアでは輸出市場の多様化が重視されました 中国向けの牛肉輸出量は2012年ごろから増え始めました。当時オーストラリアの業界側は慎重なスタートを切ったものの、次第に輸出企業と(中国の)顧客との間に関係が構築され、中国は現在最も大事な市場の一つとなりました。 一方で市場の多様化も進んでいます。業界内には、中国も米国も日本も重要、その他の市場も非常に重要という姿勢が感じられます。 この背景の一つとして、牛を1頭処理した場合に生産されるさまざまな肉は、部位によって好む市場が異なるという事情があります。牛の体の前の部分、肩肉やバラ肉は比較的アジア市場で人気があり、ステーキ肉を含むモモ肉など後ろの部分は欧米市場で人気があります。オファル(副産物)でも、タン(舌)の先頭部分は日本で人気がありますが、奥の部分はインドネシアでバクソボールという肉団子の材料になるなど、部位によって消費市場や使われ方が異なります。ですから地政学的な出来事以外でも、常に売り先として多様なマーケットがある方が、業界として安心感も安定感もあるのです。 MLAが世界中に事務所を持っているのも世界からの需要を把握しその需要に応えてゆくためです。オーストラリアの畜産業界は市場の多様化を常に重視しています。 ――米国市場はどのような状況ですか? 米国の今年と来年の牛肉生産量は、数年前に比べ減少傾向です。畜産における米国とオーストラリアの関係は、米国の牛肉生産量が増加する時期に、オーストラリアでは牛群の再構築に入り生産量が減少傾向に向かうといったパターンがみられます。ですから現在の、オーストラリアで生産が増加している一方で米国では生産減という状況は、キャトルサイクル上これまでにも見られてきたものです。 もちろん米国内で牛肉生産が減少している時に国内需要が堅調であれば、輸出に回る分は減少しますから、生産が順調なオーストラリアにとってシェアを拡大するチャンスではあります。 オーストラリアから米国向けの牛肉輸出量を見ても、今年1月から6月までで前年比75%増と急増しています。価格も堅調ですから、オーストラリアの今年の米国向け輸出実績は、かなり高いレベルに達すると予想されます。 ――米国の生産減少はいつまで続くと予想していますか? この点は、いろいろな見方があります。しかし確実性が高いのは、今年はとにかく生産は厳しい環境になっているということと、来年も米国の生産はなかなか回復しないだろうということです。 オーストラリアにとっては追い風ではありますね。ただ、いずれサイクルは変化します。現在は値段や量以外の部分で、オーストラリア産牛肉の価値を感じてもらえるのはどの点なのか模索するいい時期だと言えます。 米国市場におけるオーストラリア産牛肉は、もともとは赤身のグラスフェッド(牧草飼育)の製造用ビーフ(ひき肉材)が最大のカテゴリーでした。ハンバーガー用として脂身の多い米国産牛肉に混ぜるものです。しかし最近ではタスマニア州産や、通常のグラスフェッドよりも牧草や飼養状況にこだわったパスチャーフェッド、オーガニックなど、産地とブランドストーリーが付いたプレミアム・グラスフェッド商品への需要も定着してきました。 また、米国の供給不安を背景に、オーストラリアのグレインフェッド牛肉の輸出も、少ない数量ベースからとはいえ、前年比で倍増しています。これにはいわゆるオージー・ワギュウも含まれていると把握しています。 ただし、米国の牛肉市場に輸入品が占めるのは全体の15%程度で、その半分以上はカナダとメキシコが占めています。残りをオーストラリア、ブラジル、ニュージーランドなどが競い合っています。オージーもメインプレーヤーではあるけれども、米国の輸入市場を大きく占めているという状況ではありません。 ――日本市場をどう見ますか? 米国産とオーストラリア産の牛肉が最も競合している市場は日本と韓国です。オーストラリアにとって、米国産の減少はこの両国市場におけるプラス要因です。 オーストラリアから日本向けの輸出量は、今年1~5月で21%増でした。同時期に米国産は19%減っています。 オーストラリアのシェアが拡大することは、一見すると良いことのようですが、実は日本全体の牛肉輸入量は2%減と縮小しています。円安が大きな影響を与えていると考えられますが、私たちにとって最も大事なことは、市場全体が拡大することです。パイが大きくなることで、オーストラリア産と米国産、もちろん日本の国産牛肉にとっても恩恵が生じます。牛肉は豚肉や鶏肉といったほかの動物性タンパク質に対し価格競争力で劣っているので、MLAにとっては牛肉ならではの魅力、中でもオージービーフの価値をどう訴求していくかが引き続きの課題です。 MLAが日本で実施した消費者調査では、オーストラリア産牛肉に対するイメージは「グリーンで自然豊かな環境」や「生産者の顔が見える」、「信頼が置ける」といったポジティブな側面が強いことが再確認されました。一方で先ほどお話しした為替や価格の圧力も発生しています。商品のクオリティーと「値打ち」を感じていただけるか、このバランスを訴求していくことがチャレンジです。 このほか、今後日本は食文化の発信国として世界の関心をますます集めるのではと考えています。特に東南アジア市場では焼き肉や牛丼など、ジャパニーズ・カジュアルフードが拡大しています。こうした和食人気にけん引されて、特に若い消費者の間でグレインフェッド牛肉への需要が高まっています。 日本国内の消費に貢献する訳ではないですが、日本が発信した食文化でオーストラリア産牛肉のアジアでの消費量が拡大するというのは、実は見過ごせない部分です。(聞き手=湖城修一) (ウェルス665号より抜粋)