勝てないサンウルブズの山田が最多トライの不思議?!
イングランド大会の約3年半前、転機を迎えていた。 当時のエディー・ジョーンズ日本代表ヘッドコーチに都内のカフェに呼び出され、華美だった頭髪やスパイクについてだめを出されたのだ。その折の助言のひとつは、「ボールタッチを増やせ」だった。持ち場のタッチライン以外の場所にもどんどん顔を出し、チャンスを呼び込めという意味だ。もともと「ボスに合わせるのは得意」と自認する山田は、サイズアップと同時に「ボールタッチ」への意識向上に努めた。 国内所属先のパナソニックには、ちょうどフィル・ムーニーという職人肌のコーチがいた。山田はゲームを終えるたび、気付かぬうちに逃した好機を指摘してもらえた。アメリカンフットボール・Xリーグに挑むことで、ボールをもらう前からランコースを決め打ちする視座も獲得した(現在は保留も、いずれは再挑戦したいと発言)。多種多様なパスを受けるのに必要な感受性、思い切りを身に付けた。 その延長線上にあったのが、シンガポールの地で強豪ストーマーズから奪った1本である。 敵陣中盤左タッチライン際から駆け上がり、フィルヨーンの放ったキックを拾う。目の前のタックラーをかわしながら中央へ進み、球が別の方向へ繋がったら、その先へダッシュ。敵陣ゴール前左のラックを援護した。当初は味方へパスを出そうと考えたようだが、一転、翻意。「左のコーナーが空いていたので」。楕円の宝を抱え、そのまま飛び込んだ。これが目下シーズン最多となる8個目のトライとなった。 チャンスに顔を出すだけでなく、チャンスをしとめきる手法も心得ていた。 3月のチーターズ戦の前半33分に決まった3本目は、スタンドオフのトゥシ・ピシのキックを捕球した田村に並走し、ゴールポストの真下でとどめを刺したものだ。自ら「僕のなかでも嬉しいトライ。コーチにも『10番(スタンドオフ)の近くへ走り込んで欲しい』と言われていて、自分でも心掛けていました」と振り返るこの一撃には、もう一つのエッセンスがあった。 抜け出した田村の周りではさまざまな声が飛び交っていたというが、実際に球をもらった山田だけは、唯一、ささやくようにパスを呼んでいたという。何も、大声を出すだけがアピールではない。そんな社会生活における真理をも、グラウンド上で証明したのだ。 山田はこの先、8月のリオデジャネイロオリンピック大会に向け7人制ラグビーに専念する。5月いっぱいでサンウルブズを離れ、約1か月の休みを挟んで開かれるシーズン後半戦には参加しない見通しなのだ。トライ王争いでは、好調チーフスのダミアン・マッケンジーら、山田を1トライ差で追う選手が3名もいる。山田がタイトルを獲得するとしたら、5月の残り2試合でよほどの「固め打ち」をした時に限るだろう。 シーズン前から「今年のフォーカスはオリンピック」と宣言していた当の本人は、タイトルへの執着は薄かろう。いまの気持ちは、「手応えは、これまでの試合で掴んできている。ここからは1つでも多く、勝ちゲームをお見せしたい」とのことだ。あくまで、一戦必勝との思いで調整を進める。 (文責・向風見也/ラグビーライター)