歌広場淳×白水“格ゲー界の存続を切に願う者”対談 海外シーンを観測する「ウォッチャー」の目に映る世界
大のゲームフリークとして知られ、ゲーマーからの信頼も厚いゴールデンボンバー・歌広場淳による連載「歌広場淳のフルコンボでGO!!!」。今回は、格闘ゲームの競技シーンにおける海外プレイヤー事情に精通する白水氏との対談を行った。 【写真】ゴールデンボンバー・歌広場淳の別カット 海外の強豪プレイヤーたちを独自に調査し、おもに海外大会に参加する日本のプレイヤーたちに向けて情報発信することをライフワークとしている白水。活動を始めたきっかけや、日々のモチベーション、調査で見えてきた“地域性”、海外プレイヤーについて調べる際のコツなど、話題は尽きないなか――。 世界中の格闘ゲームシーンを観測してきた彼が、「今後のシーンに期待すること」として最後に語ったのは、祈りにも似た切なる願いだった。 ■「白水は日本人選手に興味がない」は大いなる誤解!? 歌広場淳:格闘ゲームに関わるさまざまな方と対談させてもらっているこの対談ですが、今回は人呼んで“格ゲースパイ”こと白水さんをお招きしました! 白水:よろしくお願いします。ふだんは「ストリートファイター」シリーズの競技シーンを中心に、海外の大会を主軸に置いて、大会結果や、強豪選手あるいはおそらく今後注目されるであろう選手のリサーチ、そのほか各国の大会の動向などを個人的に調べて記録に残すという活動をしている人間です。 歌広場淳:白水さんは、ゲームに対してご自身がプレイヤーとして関わること以上に、“競技シーンをウォッチする”という方向から接することに振り切っちゃった人、という僕の認識なんですけど。これは合っていますか? 白水:おっしゃるとおりですね。いまは完全にウォッチすることが主軸になっています。 歌広場淳:めちゃめちゃ興味深いです! そうした活動はいつごろから始めたんですか? 白水:格闘ゲームの海外大会を観戦するようになったのは2009年ごろだったと記憶していますが、自分が調べたことをブログやSNSなどにちゃんと記録に残そうと意識的に活動するようになったのは、2012年前後だったと思います。 歌広場淳:もともとは白水さんもプレイヤーだったわけですよね? 白水:はい。僕も歌広場淳さんと年齢が近くて、いわゆる格ゲー直撃世代だったので。 歌広場淳:そうなんですね! 僕が1985年生まれで、『ストリートファイターII』がゲームセンターで稼働し始めたのが1991年だから、僕らの世代はちょうど小学生くらいの時期にスーパーファミコンによる『ストII』ブームを経験しているんですよね。当時はたとえゲームセンターに通っていなくても、「『ストリートファイター』のことは知っている」って子がたくさんいました。 その後、僕はプレイヤーとしてずっと格闘ゲームを追い続けていて、ウメハラさんのようなスタープレイヤーに憧れ、「“池袋サファリ”っていうゲーセンに行けばウメハラさんに会えるらしいよ」「マジ!? 行こうぜ!」みたいな青春を送っていたわけなんですけど……。 白水さんの場合、そういった国内の強豪プレイヤーに興味を持つことをすっ飛ばして、いきなり海外に目を向けちゃっているようなところが、すごく面白い方だなと思っていたんです。 白水:なるほど、確かにそう見えますよね(笑)。僕がなぜ海外のプレイヤーに興味を持ったかといったら、近年、日本のプレイヤーの方々が海外大会に参加することが増えたからなんですよ。 日ごろ海外選手のことばかりつぶやいているので、「白水は日本人には興味がないんじゃないのか」と誤解されることも多いのですが、僕も日本のプレイヤーのみなさんのファンなんです。日本人選手が出場するからこそ、海外大会を観るようになったわけです。 歌広場淳:ああ、なるほど。それなら納得です。では、そこからなぜ海外プレイヤーのことをリサーチするようになったのでしょうか? 白水:そうやって海外大会を観戦していくなかで、「海外にもこんなに強いプレイヤーがいるんだ!」って衝撃を受けまして。どうしてこの選手はこれほど強くなれたのだろう、ということに興味を持ったことがまずひとつ。それから、必要に駆られてという面も多分にありました。 ……というのも、当時の海外大会ってスケジュールはおろか、トーナメント表すらもまともに公開されていないことが多くて。大会の中継配信も、会場の様子を映すカメラと、試合中のゲーム画面とがただ交互に切り替わるだけの淡白な形式が主流でしたから、誰と誰がいま戦っているのかもわからなくて、目当ての日本人選手の出番が来るまでめちゃくちゃ暇だったんです。 それで、ただ日本人選手の出番を待っているだけというのも退屈だよなと考えた結果、海外のプレイヤーのことも知ろうと思ったんですよね。 歌広場淳:現在ほど“大会配信”というもののフォーマットがかっちりしていなくて、海外大会を観戦するという行為もメジャーじゃなかったころに、少しでも観戦を楽しもうと思ったがゆえの言わば苦肉の策だったわけですね(笑)。 白水:まさにそのとおりです。最近は、大会の進行遅れなどがあると運営スタッフがSNS上で告知してくださったりしますけど、そういった文化も当時はなかったので、何かアクシデントが起こっても現地にいない我々には知る術がないんですよね。 そういえば一度、とある海外大会でタイムスケジュールが24時間近く押したことがあったんですよ。 歌広場淳:丸一日じゃないですか!(笑)。 白水:そうそう。そのときは、たまたま現地で大会に参加していた日本人の方が、「どうやら会場でボヤ騒ぎがあったらしい。大した被害はなかったので中止にはならないっぽい」とSNS上で発信してくれたので、どうにか状況が把握できました。当時は本当にすべてが手探りでしたし、僕の今の活動に関しても手探りのなかでなんとか形にしていっている感覚は常にありますね。 ■「海外プレイヤーからは見逃してもらっているに過ぎない」(白水) 歌広場淳:いまや、プロゲーマーの方からも「海外選手のことなら白水さんに聞け」と言われるほど、日本の格闘ゲーマーたちから絶大な信頼を寄せられている白水さんですが、ご自身の活動スタイルがある程度確立されてきた時期やきっかけについて詳しく教えていただけますか? 白水:おかげさまでありがたいお声もいただいていますけれど、少なくとも自分が意識して調べたことを記録に残そう、発信していこうと思ったのは、『ULTIMATE MARVEL VS. CAPCOM 3』の発売(2011年11月)がきっかけでした。 「マーブル」……いや、いまは「マーベル」か。やはりこの作品はアメリカで大人気で、ものすごくアメリカの選手層が厚かったんですよ。おそらく米国内ではそれほど知名度が高くないような選手でも、我々日本人目線からすると相当な実力者、みたいな人がざらにいて。 歌広場淳:我々、格闘ゲーマーは、いまだに「マーブル」って呼んでしまいがちですよね(笑)。むしろ信頼が置けます。でもそうか、アメリカはプレイヤー人口が多いぶん、プレイヤーの平均レベルも高かったわけですね。 白水:はい。どの格闘ゲームにも共通して言えるんですけど、やはりプレイヤー人口が多いことは強豪選手を生む土壌として最強なんですよね。それで日本人選手を応援する意味で、“ほぼ無名だけどじつは強豪”みたいな海外選手も含めた要警戒選手の情報をまとめていく活動を始めました。 ただ、正直なところ迷いはありましたね。当時の自分は格闘ゲームのガチ勢ではなかったし、そんな自分がまとめた情報なんて受け取ってもらえなくて当然だろうとも思ったので。いきなり見ず知らずの人から情報を渡されて、「あなたと同じブロックにいる◯◯選手は△△地域の強豪で、使用キャラは~」なんて書いてあっても、ふつうは信じてもらえないですよね。 歌広場淳:でも、そんな白水さんの不安をよそに活動は実を結び、「対戦相手の素性がわからなくて困ったときは白水さんに聞け」という雰囲気ができていったわけですよね。 白水:……というよりは、プレイヤーのみなさんが僕の行為を寛大な心で受け入れてくださったってことだと思っています。あのときに「いえ、そんな情報は結構です」と言われていたら、僕はいまのような活動を続けていなかったでしょうから。 歌広場淳:寛大な心で受け入れるどころか、白水さんのような方がいてくださってよかったと、日本の格闘ゲーマーたちはみんな思っていると思いますよ。僕も以前、SNSを通じて白水さんにお世話になったことがありますし。 白水:いえいえ、僕が泳がされている――見逃してもらっているがゆえに成り立っているというのは本当のことで。それこそ『ウルトラストリートファイターIV』のころに、とあるメキシコの強豪プレイヤーさんから“たしなめられた”ことがあるんですよ。「僕の対戦動画をチェックするのは止めてほしいなぁ」と。 歌広場淳:ええっ!? そんなことがあったんですか? 白水:どうやら僕が大会に参加して、彼とトーナメントで対戦すると勘違いしていたみたいで……。それを伝えたうえで謝罪して、最終的に和解することはできました。 そうやって僕が海外の方からも大目に見てもらえている理由のひとつは、間接的に海外プレイヤーにも利益があるからだと思うんですね。たとえば僕がアメリカとヨーロッパの強豪選手の情報を調べて、日本のプレイヤー向けとしてそれを公開したときに、アメリカ勢からすればヨーロッパ勢の情報が手に入るし、その逆もまたしかりと。 歌広場淳:日本語で発信しているとはいえ、たしかに発信する範囲を限定してはいないですもんね。そういう意味では、あらゆる国に対して幸せを売り歩く商人みたいな状態になっているわけだ。 そういうことがあると、ますます「自分の調べた情報というのは、どうやらすごい価値があるらしいぞ」と思ってしまいませんか。自分でそうは思わなくても、周囲の方からそういった言葉をかけてもらえたりとか。 白水:まあでも、僕と同じような活動をされている方って、けっこう世の中にいらっしゃるので。 歌広場淳:あれ、そうなんですか? 知らなかったです……! 白水:お互い示し合わせて、定例会議とかをしているわけじゃないんですけど、各々が調べた情報を垂れ流していくっていう土壌もあったりして。僕がたまたまアイコニックに扱っていただくことが多いだけであって、あの分野だったら◯◯さんのほうが知見があるだろうなと思うことも、ふつうによくあります。 歌広場淳:じつは白水さんのような方が世の中にはたくさんいて、組織的というほど強いつながりはないけれど、ゆるい情報交換や交流があるというイメージですか? 白水:そうですね。僕はあくまで格闘ゲームの分野しかわからないんですけど、当然ながら海外でもそういった活動をしていらっしゃる方はたくさんいますし、僕も過去にやり取りさせてもらったことがあります。 ■「そのプレイヤーの強さの源泉は何か?」が調査のモチベーションに 歌広場淳:先ほど、「もともと日本人選手のファンで、彼らを応援するために海外プレイヤーのことを調べるようになった」というお話がありましたが、この活動を長年続けられている原動力や、モチベーションになっていることは何ですか? 白水:一番は「この人たちはどうして強いのか?」という興味ですね。「日本のプレイヤーのみなさんを応援するために海外プレイヤーのことをちゃんと調べるべきだ」と思ってこの活動を始めたわけですけど、調べていくうちに「この選手が強くなるまでには、この人なりのドラマがあるんだな」と感じるようになったんです。 たとえばアメリカなんて、同じ国のなかで時差があるくらいに広大な国土をもっているわけじゃないですか。そうなると、オフライン対戦会を開いてみても基本的には地元のプレイヤーしか集まらないし、西海岸のプレイヤーが東海岸のプレイヤーと対戦しようと思ったら飛行機に乗るしかない。それだけ離れるとオンラインでもラグがありますから。 ほかにも、それこそ渡航ビザの関係で国外遠征のハードルが高い国などもあるわけで。そうした国ごとの事情があるなかでも、格闘ゲーム発祥の地である日本のプレイヤーたちといい勝負ができるような強豪プレイヤーが、海外で出てくるんですよね。 つまり、その地域が持つ環境的なビハインドを跳ね除けるだけの理由があったり、その地域だからこそ強くなれたというドラマがあったりするわけなんです。そう思うと、やっぱり魅力的な海外プレイヤーはたくさんいるなと感じます。 歌広場淳:どこかの地域で強い人が出てきたということは、おそらくその人の周囲に素晴らしいコミュニティか、あるいはスパーリングパートナーの存在があるわけですもんね。 白水:そのとおりです。格闘ゲームって、やっぱりひとりでは強くなれないので。大会を開くにしても、海外ではどうしても複数タイトル合同で開催する傾向があるんですよ。たぶん複数種目を用意しないとまとまった人数が集まらないから、そうせざるを得なかったんだと思います。 だから海外プレイヤーは複数種目にエントリーすることにも抵抗がないというか、日本のプレイヤーはどちらかというとひとつのタイトルに絞ってやり込むことが多いですよね。 歌広場淳:逆に言うと、日本なら各タイトル単独の大会が盛んに行われているから、タイトルを1本に絞ってやり込んだとしても大会が少なくて困るようなことが起こりづらいわけか。 白水:これは「海外だからどうこう」という話でもなければ、“海外”とひと括りにはしたくもないところではあるのですが、日本以外の地域では“対戦相手を自分で用意するしかない”という状況のところも多いんじゃないかなと思います。日本のようにコミュニティがそこら中にあったり、対戦会や大会が盛んに行われているわけでもないですから。 ほら、海外プレイヤーって“多キャラ使い”(複数のキャラクターを使いこなせる人)が多いじゃないですか。あれも、身近にそのキャラクターの使い手がいなかったがために、対策のために使い始めて、結果自分で使えるようになってしまったというパターンが多いからなのではないかなと。 歌広場淳:うわ、言われてみれば確かにその可能性は高そう……! それといま、白水さんから「“海外”とひと括りにはしたくない」というお言葉がありましたが、めちゃくちゃ深いなと思いましたね。もはや白水さんの研究は、“ゲーム文化人類学”のような領域に到達しているんじゃないでしょうか。 ■国土の広さに比例して溜めキャラ使いの強豪が増える!? 歌広場淳:「海外プレイヤーは“多キャラ使い”が多い」というお話もすごく興味深いなと思ったんですけど、ほかにも調べているなかで地域性のようなものを感じた瞬間はありますか? たとえば、「この国はこういうキャラをチョイスする人が多い」みたいな。 白水:これはあくまで僕の印象なのですが、国土が広い国には溜めキャラ(※)を使用する強豪プレイヤーが多い気がしています。最近はそんなこともないのかもしれないですけど。 ※1……←溜め・→+攻撃ボタン、↓溜め・↑+攻撃ボタンなど、いわゆる溜めコマンドの必殺技を主軸に戦うキャラクターのこと。「ストリートファイター」シリーズではガイルやエドモンド本田などが相当。 歌広場淳:うわー、おもしろい! いったいなぜなのでしょうか!? 白水:僕が思うに、国土が広いとオンライン対戦でラグが大きい相手とのマッチングが起こりやすいから、溜めキャラの使用人口が増えたんじゃないかなと。 歌広場淳:なるほど! オンライン対戦がラグありきだと、シビアな入力が要求されるコマンドキャラよりも、比較的ラグの影響を受けにくい溜めキャラのほうが実力を発揮しやすいところはあるかもしれないですね。 白水:ネットワークの知識がまったくないので、完全に推測でしかないんですけれども。 歌広場淳:いやいや、仮にそのお話が説として立証できなかったとしても、そういった視点から言語化できるのは世界中のプレイヤーをウォッチしてきた白水さんだけだと思いますよ。 白水:ほかにもわかりやすいところで言うと、とくにアメリカのプレイヤーは爆発力のあるキャラクターが高く評価される傾向があると感じます。たとえば『ストリートファイターV』(以下、『ストV』)のGなんかがそうですね。 歌広場淳:GといえばVトリガーが強力で、試合終盤に一気に展開をひっくり返せるような爆発力を持つキャラクターですよね。弱点はあるけれど、そのぶんとがった強みを持つキャラクターが好まれるということでしょうか。 白水:だと思いますね。総合力はそこまで高くないかもしれないけれど、わかりやすい強みがあって、極端な話「それで勝てるならいいんじゃない?」みたいな。攻略が浅いとか深いとかではなくて、シンプルに考えかたの違いなんだと思います。 歌広場淳:日本と海外とでキャラクターの評価にズレがあって、よく議論になることがありますけど、そういった考えかたの違いが影響している部分もあるんでしょうね。 白水:あとは、南アフリカ共和国のプレイヤーはランクマッチをプレイしている人の数が極端に少ない、とかですかね。 歌広場淳:南アフリカといえば、『ストリートファイター6』が発売されて以降、一気に注目度が上がった地域ですよね。「Red Bull Kumite 2023」では、南アフリカのトッププレイヤーであるJabhiM選手が、日本のときどさんを倒したことでも話題になりましたし。 白水:じつは南アフリカ共和国も、数年前から格闘ゲーマーたちの痕跡は確認できていて、少なくともここ1~2年で急速に盛んになった地域ってことでもないんですよ。ただ、オンライン対戦の記録を見ると、ほとんどの人がランクマッチをやらないんですよね。 歌広場淳:なんでだろう……。めちゃくちゃ興味深いですね。 白水:あのJabhiM選手ですらも、『ストV』のころはMASTER手前くらいでランクマッチをやめてしまっていたと記憶しています。いろいろと理由は推測できるんですけど、ひとつは国土が広すぎてランクマッチが成立しづらいとか、あるいはエネルギーの問題もあるのかなと思っています。 というのも以前、南アフリカで行われる予定だった「ストリートファイター」のとある大会が延期になったことがあってですね。理由を調べたら国家的な計画停電の影響で開催できなくなったという情報がヒットしたんです。 ■「ネットの発達により強さの因果関係が探りづらくなった」(白水) 歌広場淳:国によってさまざまな事情がある……。そう思うと、日本はすごく恵まれていますよね。オンライン対戦をするにも、北海道から沖縄まで、現在ではほぼ問題なく対戦できるくらいの広さですし。海外プレイヤーたちも、日本のプレイヤーたちを意識しているなと感じることはありますか? 白水:大いにありますね。海外プレイヤーのインタビュー記事を読んでいても、「日本のプレイヤーの◯◯をリスペクトしている」という言葉がよく出てきますし。昨今はゲーム内でお目当てのプレイヤーの対戦動画を手軽に見れるようにもなりましたし、日本勢のプレイスタイルを参考にしてる海外プレイヤーは多いと思います。 最近になって、若いプレイヤーなのにやたら老獪な戦いかたをする強豪プレイヤーが突如として現れることが多くなったのも、そうやって手軽にプレイ動画を見て参考にできるようになったからだという気がしますね。 歌広場淳:たしかに。いまはネット上に対戦動画や攻略情報があふれているから、たとえ近場に切磋琢磨できる環境がなくても強くなれる人が出てきても一昔前より不自然ではないですよね。 白水:そうですね。格闘ゲーム業界にとっては100%喜ばしいことでしかないのですが、個人的にはちょっと戸惑っている部分もあります。インターネットが発達して誰もが攻略情報を集めやすくなったことで、“そのプレイヤーがなぜ強くなれたのか”という因果関係を探るのが難しくなりましたから。 国どうしの距離が近いヨーロッパ地域ともなればなおさらで。たとえばヨーロッパで注目度の高い大会において良い成績を残したプレイヤーがいたとして、その人は国内外で開かれているオンライン大会に積極的に参加している一方、彼の地元には小規模ながらもコミュニティが存在する――となったときに、このプレイヤーはオンライン大会で腕を磨いたプレイヤーだと見るべきか、地元で腕を磨いたプレイヤーだと見るべきか、単純にはカテゴライズできないなと。 歌広場淳:まさにウォッチャーとしての白水さんのテーマである、「その人の強さの源泉は何か?」が見抜きづらくなっていると。だからといって格ゲーマーとしては「昔のほうが良かった」などと言うつもりもないという、白水さんのジレンマが僕にも伝わってきました(笑)。 ■一番忙しかったのは「EVO 2016」 総勢5000人の中からのリストアップ作業は「ギリギリ間に合いました」 歌広場淳:『スト6』が発売されて以降、白水さんもこれまで以上に忙しい日々を過ごされていることかと思いますが、いかがですか? 白水:はい。めちゃくちゃ忙しいですね(笑)。 歌広場淳:『スト6』発売以前で、これまでに一番忙しかった時期を挙げるとすれば……? 白水:一番ヤバかったのは、2016年の「EVO」(※2)の時期ですね。『ストV』が発売されてから初めて行われた「EVO」だったので、『ストV』だけで5100人くらいのエントリーがあって、いったいどこから手を付けたものかと(苦笑)。 ※2……「Evolution Championship Series」(EVO)。アメリカ・ラスベガスで年1回開催されている世界最大規模の格闘ゲーム大会(オープントーナメント)。 ただ、そのときはたまたまトーナメント表がいつもより早い時期に公開されたので、本当にギリギリ間に合ったという感じでした。 歌広場淳:ギリギリ間に合ったというのは、すべてのプール(予選ブロック)から有力選手をピックアップして、それぞれの使用キャラやランクマッチの到達ランクなどをざっと調べ上げるまでを指すわけですよね……。5000人規模の大会となると、だいたいプールがいくつくらいあるものなんでしょう。 白水:だいたい128くらいはあると思いますね。 歌広場淳:しかも、もちろん有名な選手ばかりではなくて、誰だかわからないけど一応取りこぼしがあったらいけないから試合のリプレイとかを見てみよう、みたいなことも起きるわけじゃないですか。 白水:そういうことです。とにもかくにも、まずは地道にググるしかないですね。Googleがなかったら僕は終わりです。 歌広場淳:白水さんは海外プレイヤーの調査に関する方法論などをご自身のブログで発信されたりもしていますが、あらためて白水さんがふだん調査の際に考えていることや気をつけていることなどを教えていただいてもいいですか? 白水:そうですね、まずはその人がどこの地域のプレイヤーなのかということを考えます。住んでいる国はどこか、くらいのざっくりした情報であっても大きいです。僕の場合、少し調べてわからなかったとしたらプレイヤーネームの印象からなんとなくで「この国なんじゃないか」と当たりをつけていきます。 それから、その人が何かひとつでも大会に出てくれていればだいぶ気が楽になりますね。 歌広場淳:つまり、大会歴からその人の足跡をたどることができると。 白水:そういうことです。この大会に出ているということは、その大会が開かれた地域の人と交流があるだろうし、コミュニティとも密接に関わっている可能性が高いだろうと。格闘ゲームってひとりでは遊べないので、ひとり強い人がいれば必ずその周囲に強い人が複数いるわけです。そうやって芋づる式に調べが進むこともありますね。 ■今日からアナタもeスポーツ探偵!? 白水流海外プレイヤー調査術を伝授 歌広場淳:わがままな質問なのですが、“これでアナタも今日から白水さんのようなeスポーツ探偵になれるよ!”というような白水流調査術や、調べかたのコツがあったらぜひ伝授していただきたいです……! 白水:わかりました。そうなると、まずは状況を2パターンに切り分けて考える必要がありまして。“今日中に調べる必要がある”のか、“別に今日中じゃなくてもいい”のかですね。 歌広場淳:もうおもしろい! おもしろすぎます!! 白水:“別に今日中じゃなくてもいい”のだとしたら、いったん調べてみてわからなければ諦めます。なぜかというと、本当に今日中にはわからない可能性があるからです。その時点でまったく情報が出回っていなくて、後日その人の試合動画がたまたまネット上に投稿されて初めて実力がわかるというケースもありますから。 歌広場淳:なるほど。あのときは謎のプレイヤーだったけれど、後からひょんなことで情報がつかめるということもあるわけですね。逆に、「何がなんでも今日中に調べないとマズイ!」という場合はいかがでしょう。 白水:急ぎでなければ、「プレイヤーネーム+国」「プレイヤーネーム+ゲームタイトル」「プレイヤーネーム+キャラ」くらいを検索してみて諦めるわけですが、そうでないとしたらまずは「Start.gg」や「Challonge」などのトーナメント表作成サイト上で、その人の名前がないか検索してみます。 あとは、「プレイヤーネーム+“vs”」や「プレイヤーネーム+“fgc”」で検索するのもオススメです。あるいは、「プレイヤーネーム+大会名」で「EVO」などの有名な大会を入れてみるとか。どこの国の人かがわかるのであれば、その国でポピュラーな大会名を入れてもいいです。アメリカのプレイヤーなら、「Combo Breaker」や「CEO」というように。 歌広場淳:“vs”であればその人の対戦動画がヒットする可能性がありそうですし、“格闘ゲームコミュニティ”(Fighting Game Community)を指す略語の“fgc”とセットで検索してみるというのも盲点でした! ■最長調査期間は5年 ナチュラル“白水対策”にも惑わされ……。 歌広場淳:ちなみに、これらを試せば体感で何割くらいは調べがつくという感じでしょうか? 白水:これだけではぜんぜんわからないケースも多いですよ。いま挙げたものを試したうえで、さらに各種SNSや配信サイト上なども検索してみても、素性が明らかになるプレイヤーは5割程度だと思います。 歌広場淳:これでもまだ5割なのか……! これまでで「この人は調べがつくまでに苦労した」というプレイヤーはいますか? 白水:無数にいますね。「オンライン対戦が好きじゃないから、ふだんはオフラインで仲間と対戦しながら頑張っているよ」なんて言う猛者の方もいらっしゃったりしますし。これまで苦労したなかで言うと、調べがつくまでに最長で5年かかったケースなんかもあります。 歌広場淳:なかには、白水さんのような“探偵”を恐れて意図的に形跡を隠そうとしている人なんかもいたりして……? 白水:結果的には僕の勘違いだったのですが、一時期「この人はマジで僕を対策してきているのでは?」と疑いかけたような人もいましたね。その人は実在のホッケー選手の名前で大会に出ていて、いつも好成績を残していたんですよ。 どう検索してみてもホッケー選手の情報しか出てこないから、本当にホッケー選手と格ゲープレイヤーの二足のわらじで活動されている方なのかなとも思ったり。だって100%ないとは言い切れませんからね。 歌広場淳:そうですよね。日本にもスピードスケート選手として活動されていたcosa選手がいますし。 白水:真相を知ったときはかなり脱力しました。そのプレイヤーさんは、単にそのホッケー選手のファンボーイだったんです……。 歌広場淳:なるほど! 確かに、ホッケーが盛んな地域の方からしたら珍しいことでもなんでもないわけですよね。日本だったら好きな野球選手やお相撲さんの名前を借りて大会に出るみたいなものだし。 白水:国ごとの文化の違いを知れたという意味でも、ものすごく勉強になった一件でした。 ■SOS件数は「年々減っている」 歌広場淳:僕も以前、ある大会にエントリーした際に「僕の対戦相手のこの人ってどんなプレイヤーだかわかりますか!?」と、SNS上で白水さんにSOSを送ったことがありました。海外大会の前には、白水さんのもとに格ゲーマーからのSOSがたくさん届くわけですよね。 白水:じつを言うと、そうしたダイレクトメッセージをいただく件数は年々減ってきています。おそらくみなさんのなかでも、対戦相手となる海外プレイヤーを調べておく習慣ができたのではないでしょうか。 歌広場淳:それはきっと白水さん的にも喜ばしいことですよね。 白水:そうですね。僕もだいぶ体力的な苦しさを感じるときも増えてきましたから。 歌広場淳:やっぱり一番体力的にキツくなる瞬間は「EVO」の直前とかですかね? 白水:はい。あとは「CAPCOM CUP」のLCQ(最終予選)の時期もそうですね。LCQは本気で本戦出場を狙っている方々がエントリーしてくるだけに参加者の平均レベルも高いので、極力取りこぼしをしたくないんですよね。 歌広場淳:海外のプレイヤーさんから、「この人はどんなプレイヤーなんだ?」といった質問が届くことはあるんですか? 白水:じつはありますね。海外の方の質問における特有の文化なのかもしれませんが、海外の方は「◯◯について教えて」というよりは、「◯◯について自分はこう思うんだけれど、これは合っている?」と確認に近いような聞きかたが多いです。 たとえば「日本の◯◯は、過去にこの作品をプレイしていた△△と同一人物のような気がするんだけど」とか。それに対して、僕は「そうだよ」とか「別人だよ」などと返事をしていますね。 歌広場淳:やはり日本のプレイヤーは海外からきびしくマークされているわけですね。 ■「どんな形であれ“続いてほしい”」(白水) 歌広場淳:最後に、白水さんに今後の格闘ゲームシーンや、それを取り巻くeスポーツシーンに対して期待することをお聞きできればと思います。 白水:僕としては、どんな形であれ“続いてほしい”と思っています。ふだん街中を散歩していたりすると、自分が子どものころから見慣れていた建物とかが、時代の流れでさら地になっていたりするんですよね。それこそ子どものころは、「この建物は未来永劫ずっとここにあるんだろうな」と疑いもなく信じていたものでも。 そういった世の中の移り変わりを目の当たりにするたびに、“続く”ということはすごく難しくて大変なことなんだなと感じるんです。僕が見てきたプレイヤーの方々のなかにも、個人の事情で格闘ゲームから距離を置くようになった人、あるいは距離を取らざるを得なくなった人、自ら進んで離れていく人など、さまざまいらっしゃいました。 そんな方々が、ふとしたきっかけで数年ぶりに復帰するというできごとも、長年シーンを見守っているとよくあることだなと思うんですよ。その人たちがなぜ帰って来られたかといったら、さまざまな要因はありますけど、一番は格闘ゲームシーンが“続いていたから”じゃないですか。 終わってしまったら何も起こらないですから、僕はこれからもシーンが続いていってほしい。そう思っています。 歌広場淳:……もはや祈りにも似た、素晴らしいお言葉でした。これまで白水さんのことを「格ゲースパイ」だの、「eスポーツ探偵」だのと言ってしまいましたが、自分はあくまで“ウォッチャー”なのだと。それ以上でもそれ以下でもないのだという、白水さんの信念のようなものを感じました。本日は本当に、貴重なお話をありがとうございました!!
取材=片村光博/構成=山本雄太郎