吉川明日論の推薦図書:『TSMC』世界を動かすヒミツ
かなりの力作である。30年にわたり半導体産業を見続けた著者の林宏文は、台湾で最も優れた経済ジャーナリストの一人であるそうだ。日刊紙「経済日報」や週刊経済誌「今週刊」といった代表的な経済誌での仕事で、1987年の創業以来、TSMCの挑戦と成長をつぶさに観察してきた著者だけに、この本「『TSMC』世界を動かすヒミツ」ではその時にその場にいなかった者にしか描き切れないTSMCのリアルにじかに触れることができる。 【写真】TSMCの2024年6月時点での最先端プロセスとなる3nm(N3シリーズ)量産の一翼を担う台南にあるFab 18 (出所:TSMC) TSMCの創業者で半導体業界のレジェンドであるMorris Chang自身にも何度か独占インタビューを行っている。この著書で明かされるTSMCのいろいろな局面での試練と、顧客や競合との丁々発止としたやり取りは、TSMC設立の前年1986年にAMDに入社した私の30年にわたる半導体業界での経験とかなり重なるところが多く、大変に興味深く一気に読んでしまった。特にTSMCとAMDとの関係は非常に緊密なので、業界で起こっていた事柄について私がAMD側から観察していた状況はTSMC側から見ると、「こういうことだったのか」などと認識を新たにする点が多かったのも興味深かった。
半導体業界の読者だけでなく、今や世界最大のファウンドリ会社として、先端半導体の生産を一手に引き受けるTSMCという会社の本質を理解する点でも、多くの読者にお勧めしたい一冊である。特に半導体が国家安全保障上の戦略物資となった今日、TSMCは熊本での工場進出を始めとして、一般読者も近年ますます身近に見聞きするブランドとなっている。しかし、TSMCは製造ファウンドリとしてあくまで「黒子」の立場を守っているために、その世界的な影響力に比して、これまでに公開された情報が圧倒的に少なかった。そのため内部事情はかなりの部分が秘密のヴェールに包まれてきたが、この本では各章のタイトルが「XXXXのヒミツ」となっていて、著者が持っている膨大な情報を基にしたTSMCの実像と本質に迫る筆致が大変に迫力のあるものになっている。