【ラグビー】「抜擢」の醍醐味を紐解く。「中竹竜二×野澤武史」の本音トーク
■「抜擢」の波及効果
中竹 もしかしたら、今年、矢崎君が抜擢されたことで「いや俺は負けてないぞ」と頑張る人たちがいることで、その抜擢の意味がさらに深まるのかもしれないね。 野澤 なるほど。“抜擢戦略”の結果は矢崎君だけに止まらず、ラグビー界という視点で見ることが重要ということですね。 中竹 エディーさんが若い選手を抜擢することで、今の高校生や中学生に火をつけるきっかけになれば、それは抜擢の話というよりもメッセージだよね。これは会社でも同じで、今は若手優遇が進んでいるけれど、それがメッセージとして発信されているだけで、一人ひとりの話ではなく、全体としてのメッセージだということを理解することが大事だと思う。 野澤 抜擢はプロジェクト全体の中で、当人以外が成長することも含めて評価していく必要があるんですね。抜擢された人は、その荒波を楽しんでいけばいいということですかね。 中竹 あと、立川理道君みたいな復活組の選手もいるよね。 野澤 それも抜擢の一種ですよね。 中竹 そうそう。ベテランをもう一度戻すということもメッセージだったりするし、面白いのは、やっぱり強いチームを作る時、単にフィールド上に強いチームを作るだけじゃなく、ファンが喜ぶチームのエッセンスを加えることも大事だということ。 ラグビーもそうだけど、バスケとか野球ではベンチの振る舞いがめちゃくちゃ重要だったりする。試合には出ないけど、ベンチにいる時の態度が良いからその選手を入れよう、みたいな場合もある。フィールド上のスポーツはパフォーマンスだけが基準になりがちだけど、もう少し俯瞰的に見てもいいかなって気がする。 野澤 めちゃくちゃ面白いですね。オフ・ザ・フィールドも含めて全ての人事決定がメッセージになり得るということですね。単に抜擢された選手がどうなるか、と狭い範囲で「抜擢」という施策を考えていました。
■抜擢する『組織(チーム)側』の難しさとは
野澤 抜擢する『組織側』の話を移すと、組織に抜擢を支える仕組み・制度が整っていない場合もありますし、抜擢に伴って生じる人間関係や感情の問題も無視できないです。抜擢されなかった人たちへの配慮など、組織側の課題はいろいろあります。 中竹 よく言われているのは、採用方針や育成方針、または採用戦略や育成戦略が、会社の経営戦略と結びついていない場合、それはほぼ失敗するということ。 たとえば『優秀な人材を採用する』という目標を掲げていても、何をもって『優秀』とするかの基準が明確でない場合がある。 従来型の採用基準では、論理思考やコミュニケーション能力が高く、チームで良好な関係を築ける人材が重視されることが多いけど、いざ入社してみると『これからはイノベーションを起こせる人材が必要だ!』といって方向転換して、『新しいことに挑戦し、失敗を恐れない人材』を育成しようとする。ただ結果的にイノベーティブな研修を導入しても、採用時の評価基準と育成方針が噛み合わず、チグハグになってしまう。 論理思考ができる人材と、イノベーティブでチャレンジ精神旺盛な人材は、基本的には相反するもの。それにも関わらず、採用後に育成で何とかしようとするのは本末転倒。こうした課題は多くの企業であること。 例えば日本ラグビーの現状についても同じことが言える。 ニュージーランドやアイルランドでは、ラグビーの戦略や戦術、育成方針が組織として確立されていて、その方針に合ったヘッドコーチしか採用しない。 一方で日本は今回の選手選考もエディーさんが選んだというだけで、エディーさんの後任がどういう方針を取るかは決まっていなくて、その結果、選手への投資が回収できない可能性もある。 ただ、それが悪いわけではなく、日本ラグビーの現状を考えれば仕方がない部分もあって。『日本ラグビーとはこういうものだ』と固めすぎず、少し迷走しても良いのかなと。 野澤 なるほど。その『迷走してもいいのかな』という考えには、どのような観点があるんですか? まだ組織として成熟していないからこそ、いわゆるハイリスク・ハイリターンな選択肢に賭けてみたり、失敗を繰り返しながら成長していくべき時期だ、という発想でしょうか? 中竹 失敗を繰り返すというよりも、むしろ『検証する』視点が大事だと思ってる。よく「失敗を恐れず挑戦しよう」というけど、単に失敗を繰り返すだけでは意味がない。重要なのは、チャレンジしたことが本当に機能しているのかをしっかりと検証すること。PDCA(Plan・Do・Check・Action)サイクルで言えば、特に「チェック」と「アクション」の部分を確実に行うことが大切。 例えば、『エディーでやってみよう』という方針自体は悪くないけど、その選考基準や戦術がどう機能したのかをきちんと検証する仕組みがなければ、ただの迷走で終わってしまう。迷走というのは単に方向性を見失うことではなく、実験や検証を行った上でのプロセスであるべきだと思う。 野澤 また、抜擢をする時って、ラグビー界全体に停滞感があるときですよね。エディーさんの抜擢は、みんなの心を射止めましたよね。 中竹 単純に、あれだけ選手を入れ替えてよく普通に試合をしたなと思う(対談は2024年秋ツアー前)。プロモーションとしては大成功だし、一度入れ替えるというメッセージも良かった。選手たちの声もポジティブで、(第2期エディー・ジャパンは)良いスタートを切ったなと感じた。