ハンセン病、正しく理解を 患者家族の赤塚さん講話 笠利中学校
鹿児島県奄美市立笠利中学校(久津輪修一校長、生徒32人)で8日、ハンセン病の学習会があった。ハンセン病家族訴訟原告団「あじさいの会」会長代行の赤塚興一さん(86)=同市名瀬=が講師を務め、差別や偏見と闘ってきた体験談を紹介。病気を正しく理解し、差別のない社会の実現を訴えた。 学習会は県の「ハンセン病問題を正しく理解する週間」(16~22日)に合わせ、生徒らにハンセン病問題に対する正しい知識を深めてもらおうと開催。1~3年生25人が参加した。 始めに同校の野口淑子教諭が、ハンセン病の感染要因や症状などについて解説。1940年代に治療できるようになった後も、07年から始まったハンセン病患者の隔離が続いたことなどに触れ「国の誤った政策で恐ろしい病気というイメージがつくられ、患者や家族が差別に苦しめられた」などと説明した。 赤塚さんが3歳の時に父親がハンセン病に感染し、9歳の時に奄美和光園(奄美市名瀬)に強制隔離された。「療養所に入ったら出られず、収容ではなく『拉致』。危険な病気として扱われ、隔離と差別で人間の尊厳を傷つけられた」と強調。 父の療養所への収容以後、友人からの差別の言葉や親族による暴力など幼少期の経験を振り返り、「差別で仲が良かった友人はバラバラになり、寂しい思いがずっとあった。自分が言われて嫌な言葉は使わないようにして、弱い人たちを大事にしてほしい」と呼び掛けた。 3年生の生徒は「赤塚さんの講話で、ハンセン病患者家族への差別実態を知ることができた。知識がないと差別が生まれるので、学びは重要」と話した。