ご神体「避難」の動き輪島・外浦の神社 続く遷座、遠い再建
●「氏子の多くが被災何年先か」 能登半島地震で被災した奥能登の神社で、ご神体を全半壊した本殿から移す動きが出てきた。被害が甚大な輪島市の外浦に面した地区では今月に入り、二つの神社で「神様の引っ越し」である遷座(せんざ)が完了。奥能登では4割超の神社で本殿が全半壊しているとされ、今後、同様の「避難」が本格化しそうだ。一方、神社そのものの復旧復興の見通しは立たず、外浦を中心に複数の神社で宮司を務める男性は「氏子の多くが被災した。再建は何年先になるか分からない」と不安を漏らす。 輪島市の国名勝「白米(しろよね)千枚田」の西側約1・5キロ、深見町の国道249号沿いにある櫟原北代比古(いちはらきたしろひこ)神社では3日に遷座祭が執り行われた。住民約30人が集まり、ご神体を神社の倉庫に移動させた。 日本海を望む高台に建つ神社は地震で本殿と拝殿が全壊。ご神体があった本殿は海側に倒れ込み、ご神体が海に落ちる恐れがあったという。 神社は宗教施設で、再建を巡っては、石川県や輪島市が地域の絆を強める拠点とみなし、復興基金を用いて間接的に支援する方向だ。しかし、宮司を務める中川直哉さん(62)=輪島市里町・南志見(なじみ)住吉神社宮司=によると、深見町の氏子の半数は仮設住宅に移ったり、市外に避難したりしており、再建を協議できる段階にない。 中川さんが宮司を務める輪島市と能登町内の16社のうち、17日には輪島市渋田町の神社でも遷座祭を営み、県無形民俗文化財「御(ご)陣乗(じんじょ)太鼓」ゆかりの同市名舟町、隣接する尊利地町でも壊れた神社からご神体を安全な場所に取り出す意向だ。 いずれも大規模な土砂崩れで往来が寸断された国道249号沿いの小さな集落にあり、自身も仮設住宅で暮らす中川さん。「氏子は不自由な生活を強いられている。その上で、ご神体の保護や建物の補修の相談などを考えていきたい」と話す。 県神社庁によると、地震で所属する1867社のうち、1206社が被災。奥能登2市2町の440社は187社(42・5%)で本殿が全半壊し、神事を執り行う拝殿が全半壊したのは232社で半数を超えた。 地震と豪雨被害が深刻な珠洲市でも、大谷地区の清水町では、1月に長橋町の宮司宅に運び、長期避難区域に指定された仁江町では、ご神体を本殿ごと集会所に移した。三崎町高波では10日、全壊した恵毘須(えびす)堂からご神体の石とカメの甲羅を運び出して恒例の恵毘須祭が営まれた。