アベノミクスをめぐる「指標」をどうとらえるか 岡山大学准教授・釣雅雄
街角インタビューなどで、よく、「アベノミクスの恩恵を自分は実感できない」という声が紹介されます。消費税増税後の反動は別にして、アベノミクスで景気が回復したというのは、はたして本当なのでしょうか。また、野党は、アベノミクスにより格差が広がった、実質賃金は減少しているなどと批判していますが、それらはどうでしょう。 私は、今回の総選挙で「景気の実感」をもとに経済政策を判断するべきではないと思います。そもそも実感できるような景気回復は、どの政党にも実現不可能です。
(1)名目賃金もそれほど増えていない
好景気と人々が実感するには、なんといっても収入が増えることが必要です。そして最近、よく、実質賃金は下がっているけれども、名目賃金は上昇している(あるいは上昇する)と言われることがあります。 ところが、実は、少し長い目で見ると、平均賃金は名目でもまったく変化していないといってもよい動きになっています。 次の少し変わった図は、名目賃金指数(厚生労働省「毎月勤労統計調査」、季節調整値、2010年平均=100)の毎月の値を、3年区切りで描いたものです。3つのグラフはそれぞれ2006年1月から2008年12月までの3年間、2009年1月から2011年12月までの3年間、そして、2012年1月から2014年9月までの動きです。
このように賃金の推移を水準でみると、よくメディア等でみかける変化率の図とは異なり、この6年間、ほとんど賃金が変化していないことがよくわかります。最近プラス変化なのは、昨年の水準が低かったための差というのが真相です。現在の平均賃金は、3年前、すなわち民主党政権下の水準とほぼ同じなのです。 このグラフにはもう少し奥深い経済現象も隠されています。黄色の線グラフとここ6年の水準とは明らかな差があることです。リーマンショック直後に、賃金は急激に下がり、その後、まだ以前の水準に回復していないのです。その差は約4%です。 (なぜ、回復しないかというと、給与が比較的高かった高年齢層がちょうどその時期に退職したという事情もあります。年功賃金で高い給与の高年齢層が抜ければ、一人一人の賃金がそのままでも平均は低下します。) 人々が景気が良くなったと感じるには、統計上で、おそらく4%を上回るような上昇が必要でしょう。しかし、そのような上昇は現時点では、政策ではどうにもならない、夢物語にすぎません。 一方で、消費税率引き上げも含めた物価は上昇しています。そのため、ほとんどの人にとっては、給与は上がらない中で支出額が増え、「手元にお金が残らないなあ」というのが実感ではないでしょうか。