『Cloud クラウド』を引っ提げ、黒沢清監督が釜山国際映画祭に登場!表彰式と記者会見、Q&Aを徹底レポート
韓国の釜山で開催中の第29回釜山国際映画祭で10月3日、「ガラ・プレゼンテーション」部門に正式出品されている『Cloud クラウド』(公開中)の公式記者会見とQ&A付き上映が行われ、メガホンをとった黒沢清監督が登壇した。MOVIE WALKER PRESSでは、現地取材も敢行し、トークの様子をたっぷりお届けする。 【写真を見る】ヴェネチア、トロントにつづいて釜山も熱狂!Q&Aでは菅田将暉をキャスティングした理由も告白 同映画祭において、その年のアジア映画産業に大きく貢献した人物を表彰するアジア・フィルム・メーカー・オブ・ザ・イヤーも受賞した黒沢監督は、10月2日に行われたオープニングセレモニーと表彰式にも出席。表彰式では黒沢監督と親交の深いポン・ジュノ監督や、東京藝術大学での教え子でもある濱口竜介監督からお祝いのメッセージビデオが上映されるサプライズも。 大きな拍手に包まれながら壇上にあがった黒沢監督は「僕が映画を撮りはじめてもう40年になりますが、映画人生の半分は釜山映画祭に見守られていたといってもいいでしょう。その20年間のキャリアが評価され、このような名誉ある賞をいただけたものだと思います。大変感激しております」と笑顔を浮かべながらスピーチした。 ■「汚れ役が似合うのは、菅田将暉しかいない」 公式記者会見で黒沢監督は「釜山映画祭には何度も来ていますが、今回は特別でした」と、あらためて受賞の喜びを語る。「名誉ある賞をいただき、華やかなオープニングセレモニーにも参加させていただき。あんなに華やかな場に参加できたのは初めてで、あんなに長いレッドカーペットを歩いたのも生まれて初めてです。本当に楽しい体験でした」と、和やかなムードで会見がスタート。 さっそく「『Cloud クラウド』の脚本は4、5年前から書きはじめていて、きっかけは日本で本格的なアクション映画のようなものを作りたいねとプロデューサーと会話をしたことでした」と、本作を製作した経緯について振り返る。「もちろん日本にもそういうジャンルはあるのですが、完全に現実離れしたものや、暴力と日常的に接しているような人たちのものが多い。暴力と無縁の日常を送る人たちが極限的な関係に陥ってしまうアクション映画をやりたかったのです」。 “転売”で稼ぐ主人公の吉井が、ネット社会に蔓延する見えない悪意によって追い詰められていく様を描く本作。やがてその憎悪が実体を獲得し、その標的となった吉井の日常は急速に破壊されていくことになる。吉井役を演じたのは、これが黒沢監督作品に初参加となった菅田将暉。菅田を配役した理由について訊かれると「前々から菅田将暉に興味を持っていました。かっこいい人はたくさんいるけれど、汚れ役が似合う、かっこよさを消して生活に疲れたような表現できるのは彼しかいないと思い、強く望みました」と明かす。 そして「菅田将暉は日本ではすごく人気があり、僕のこんな映画にはまず出てくれないんじゃないかと、ちょっと尻込みしていたのですが…」と謙遜しつつ、「彼は結婚されて30歳を迎え、俳優としてこれまでと違うものに出てみようと考える時期と本作がうまく重なってくれたんだと思います。こんな役を、向こうから引き受けてくれたのはラッキーでした」とにこやかに語った。 ■黒沢清監督が語る、“ジャンル映画”の魅力とは? さらに会見では、注目している日本の若手監督はいるかという質問があがり、前日にお祝いのメッセージをくれた濱口の名前を挙げた黒沢監督。「彼は意地のように僕とは違うことをしますから(笑)。それであれだけすばらしい作品を撮っているので、僕が濱口に対してなにかいうことはありません。先へ先へと突き進んでくれ、というのが僕の彼へのエールです」とコメント。 「作家性の強い優秀な監督はたくさんいると思いますが、日本でジャンル映画を目指す若い監督はほとんどいないと思います。韓国にはたくさんいると思いますが、日本ではそのような若手は育っていない。近年の状況は困ったものだなと感じています」と、自身が世界的な注目を集めるようになったいまでも手掛け続けている、ホラーやアクションなどの“ジャンル映画”の将来を憂慮する。 その流れでジャンル映画の魅力を訊ねられると「一言で言うのはとても難しいのですが、映画的ななにか、映画にしか表現できないものがあり、観ている瞬間はスクリーンに釘付けになり、観終わったらすぐにもう一度観たいと思う。そういう魅力があるのはジャンル映画的ななにかだろうと僕は信じています」と説明。 「もちろん映画の可能性はそれだけではありません。社会のある問題を提示し、批判的に捉えることもできるし、人間の深い心のある面を抉りだすことも可能です。ただ映画は、“映画的である”ということも大きな可能性であるというのが、僕の考えです」と熱弁を振るっていた。 ■盛況のQ&Aに大満足!「作品への理解が深まりました」 同日夜に行われた「ガラ・プレゼンテーション」部門での『Cloud クラウド』の公式上映には、若い映画ファンを中心に大勢の観客が詰め掛け、会場は満席となるほどの大盛況。上映後に行われた観客からのQ&Aでは、韓国でも人気のある菅田について「善人でも悪人でもない人物から悪の道を選ぶことになる人物へと変化していく様子が非常に興味深かった。監督はどのような演出をされたのでしょう?」という質問が。 それに対して黒沢監督は「僕は心や感情の流れについては説明しましたが、演技の指導はしていません。すべて菅田さんに委ねました」と説明。さらに「正直ここまでやっていただけるとは予想していませんでした。本当に難しい役柄で、180度人間が変わっていく。その表現を飛躍させながら観ている人にわかりやすく演じ切る。それは菅田さんの才能によるものだと思っています」と改めて菅田の演技を絶賛。 その後も様々な質問に真摯に回答し、最後の挨拶では「釜山のお客さんは質問のレベルも高く、僕自身もQ&Aを通して作品への理解が深まりました」と感謝を述べ、大きな拍手に包まれていた黒沢監督。ヴェネチア国際映画祭とトロント国際映画祭に続き、釜山でも熱烈に迎えられた本作は、第97回アカデミー賞国際長編映画賞の日本代表作品にも選出されている。今後、世界を舞台にさらなる快進撃を見せてくれるのか、大いに注目していきたい。 取材/編集部 文/久保田 和馬