当選者は「顔だけでわかる」という衝撃の実験結果 私たちが間違った人に権力を与えてしまう理由
指導者を選出する私たちの能力には欠陥があることを示すさらなる証拠として、他のいくつかの研究が示しているように、グループ討論でより攻撃的あるいはぶしつけな人は、より協力的あるいは控え目な人よりも、権力があり、指導者らしいと認識される。 いやはや、早くも話がややこしくなってきた。権力は、善人を腐敗させうる。だが、権力は悪人を引き寄せもするのかもしれない。そして、私たち人間はどういうわけか、不適当な理由から不適当な指導者に引きつけられるのかもしれない。
■劣悪な制度が腐敗した権力者を生むのか? あいにく、このややこしい話はほんの手始めにすぎない。他にもまだ考えるべき可能性があるのだ。 権力の座にある人が悪事を働くのは、そもそも彼らが悪人だからではなく、権力を握ってから邪(よこしま)になったからでもなく、劣悪な制度にはまり込んでしまったからだったとしたらどうだろう? そう考えると、おおいに合点がいく。なにしろ、規則に従って行動していれば、たとえばノルウェーでは昇進するかもしれないけれど、ウズベキスタンでは永遠に権力が得られないことは請け合いなのだから。
権限のある地位に就いている人のうちには、真に素晴らしい人もいて、他者のために尽くし、利己的に振る舞ったりはしない。したがって、権力の魅力と、権力を握ることの影響とは、状況次第なのだ。 ありがたいことに、状況も制度も変えることができる。そこで朗報がある。私たちは、指導者が虐待的であるのが必然の世界に生きることを運命づけられてはいないのかもしれない。この世界は、正すことができるのかもしれない。 ■腐敗した行政職に引きつけられる学生
インドのベンガルール(旧称バンガロール)で行われたある調査が、そのような楽観的な見方を裏づける証拠を提供してくれる。 その調査を実施した研究者たちは、公共部門で贈収賄が日常茶飯事であるような場所では、どのような人が公務員のキャリアに引きつけられるかが知りたかった。 インドの行政職は、絶好の試験場を提供してくれた。腐敗がはびこっていることで悪名が高いからだ。ベンガルールで役人になれば、帳簿に記載されないような報酬を家に持ち帰る機会が得られることは、誰もが知っている。