「愛人兼秘書のオンナが…」菅義偉元首相を形作った恩人「JR東日本初代社長」住田正二の知られざる「強力な」繋がり
安倍元首相が国士と賞賛した葛西敬之が死の床についた。政界と密接に関わり、国鉄の民営化や晩年ではリニア事業の推進に心血を注ぎ、日本のインフラに貢献してきた。また、安倍を初めとする政治家たちと親交を深め、10年以上も中心となって日本を「事実上」動かしてきた。 【漫画】「しすぎたらバカになるぞ」…性的虐待を受けた女性の「すべてが壊れた日」 本連載では、類まれなる愛国者であった葛西敬之の生涯を振り返り、日本を裏で操ってきたフィクサーの知られざる素顔を『国商』(森功著)から一部抜粋して紹介する。 『国商』連載第25回 『JR東日本の経営権をめぐる覇権争い...介入する政府の意思「ことごとくひっくり返る」人事の「真相」』より続く
逆転人事の真意
実際のところ、JR東日本の逆転社長人事は中曽根と住田の奇縁が大きくものをいっている。住田は分割民営化反対論が主流の運輸省OBでありながら、臨調の第四部会長代理を務め、改革を牽引していった。中曽根はそこを高く評価していた。 もっとも、住田の厚遇はそれだけの理由ではない。住田は最後の相場師と異名をとった山種証券創業者、山崎種二の娘を嫁に迎えている。山崎は中曽根にとって最大のスポンサーであった。中曽根は山崎に気遣い、住田をJR東日本の社長に据えたのだという説が根強い。おまけに住田は中曽根派の重鎮である小此木とも縁が深い。そこもJR東日本の社長人事に少なからず影響しているように思えてならない。 「私は住田社長のご恩を決して忘れられません。今の私があるのは住田社長のおかげです」 2020年10月7日、首相に就任して間もない菅義偉が多忙を極めるなか、東京・飯田橋にあるホテルメトロポリタンエドモントの宴会場「悠久」に駆け付け、そうスピーチした。菅は1975年4月に横浜の小此木事務所入りし、政治の世界に足を踏み入れている。最初に秘書として仕えた小此木は、菅と同じく横浜市議から自民党代議士に転じて運輸政務次官や衆議院運輸委員長などを歴任し、運輸族議員としての地歩を固めていった。中曽根の腹心として行政改革や国鉄の分割民営化に取り組み、国鉄長期債務特別委員長を務めてきた。