戦略をつくり出す4つのプロセス
■戦略形成──クラフトとアート、そして少しのサイエンス 私たちは、「戦略」という言葉を定義どおりの意味で用いていないことが多い。現役のマネジャーたちに、「戦略」の定義を尋ねると、たいてい「目標」「方向性」「ビジョン」、そしてなにより「プラン」(計画)といった言葉で説明する。いずれも、戦略を、未来に向けて「意図するもの」と位置づける言葉と言える(図表3-3a)。これは、戦略の辞書的な定義にも沿っている。 ところが、同じマネジャーたちに、近年にみずからの組織で戦略がどのように追求されてきたかと尋ねると、平然と、少し前に自分たちが語ったばかりの定義に真っ向から反することを言い始める。あとから振り返って「実現されたもの」として戦略を語るのだ(図表3-3b)。 私たちは、理屈の上では、戦略を未来に向けた計画と考えているとしても、実際には、過去に起きたことのパターン、その組織が実行してきたことのなかに見いだせる規則性(たとえば「高品質の製品で高所得者向けの市場を狙う」など)として見ているのである。 最後に、マネジャーたちに、実現された戦略は意図されたものだったかと尋ねると、この問いにイエスもしくはノーと答える人は驚くほど少ない。図表3-4に示したように、ほとんどの人は、イエスの面とノーの面の両方があると考えているのだ。意図されていた戦略が実現した場合、それは「計画的戦略」と呼べるだろう。一方、意図されていなかった戦略が実現した場合は、「創発的戦略」と呼べる。創発的戦略においては、行動を積み重ねることを通じて戦略を見いだしていくことになる。 純粋に計画的な戦略や純粋に創発的な戦略はほとんど存在しないように見える。大半のケースでは、両方の要素が混ざり合っている。それが当然なのかもしれない。組織は計画を立てるだけでなく、学習もする。つまり、考えることを通じて戦略を編み出すだけでなく、実際に行動することを通じて戦略を見いだす場合もあるのだ。戦略は、ものごとを総合することにより生まれるが、分析(=アナリシス)は総合(=シンセシス)をもたらさない。分析が有益であることは間違いないが、それはあくまでも戦略を形成するための情報をもたらすという点で有益なのであって、分析することを戦略形成のプロセスそのものと考えるべきではない。 ここまでの議論に加えて、内容面で戦略をどのように定義するかという視点を導入すると、戦略に関する理解がさらに広がる。マネジャーたちに、マクドナルドがメニューに「エッグマックマフィン」(ベーコン、チーズ、卵という米国の典型的な朝食メニューをマフィンで挟んだもの)を加えたことは、戦略の変更と言えるかと尋ねると、いつも意見が大きく二分される。「新しい市場に向けて新しい商品を送り出すのだから、当然、戦略を変更したことになる」と言う人たちがいる一方で、「いや、そんなことはない。商品の基本的な性格は変わっていない。材料が少し変わっただけだ」と言う人たちもいる。どちらの見方も間違っていない。戦略の内容に関する見方が違うだけだ。 戦略は、市場におけるポジションであると見ることもできる(図表3-5a)。マイケル・ポーターであれば、そのように主張するだろう。戦略は、組織のパースペクティブ(視点)、言い換えればビジョンであると見ることもできる(図表3-5b)。ピーター・ドラッカーは、それを「会社という概念」という言葉で言い表した。エッグマックマフィンは、パースペクティブを変えることなく、市場での新しいポジションを目指した商品と言えるだろう。一方、マクドナルドがダック・ア・ロランジュ(鴨のローストのオレンジソース添え)をメニューに加えるとすれば、パースペクティブとポジションの両方が変わり、ビッグマックのバンズに使うパン種だけ変更するとすれば、パースペクティブもポジションも変わらない。 最も興味深いのは、ビッグマックをテーブルで給仕して提供することにする場合だ。これは、パースペクティブを変えることにより、市場でのポジションを維持しようとする試みと言える。どうして、そんなことをしようと思う企業があるのか。それは、ブログや動画配信サービスに読者の多くを奪われている新聞業界を見ればよくわかる。新聞業界は、これまでと同じ顧客層をつなぎとめるために、ビジネスのやり方を大きく変えざるをえなくなっているのだ。 ここまで論じてきた戦略の4つの定義―プランとパターン、ポジションとパースペクティブ―を重ね合わせると、戦略をつくり出すプロセスが4種類見えてくる。これらのプロセスは、本書第3部で論じる4種類の基本的な組織形態とぴったり適合する。その4種類のプロセスとは、以下のとおりだ。ひとつは、サイエンス志向の「計画モデル」。これは、考えること、とりわけ分析に土台を置く。もうひとつは、アート志向の「構想モデル」。見ることに土台を置く。そして、クラフト志向のモデルが2つ。「冒険モデル」と「学習モデル」だ。いずれも行動することに土台を置く。具体的に見ていこう。 計画モデル 戦略は、幹部たちによって練り上げられる計画的なポジション。プランニング担当のスタッフがその過程を支援し、出来上がった戦略は、それ以外のすべての人たちによって実行される。 構想モデル 戦略は、計画的に形づくられるパースペクティブ。ビジョンの持ち主(豊富な経験と独創的なアイデアをもった人物)の頭の中で戦略がつくられる。そのビジョンの下に、詳細な戦略上のポジションが出現する可能性がある。 冒険モデル 膨大な数の戦略上のポジションがいわば百家争鳴的に生まれる。組織内のさまざまな個人やグループが新しい取り組みを提唱する。そうやって生まれる戦略上のポジションは、提唱者にとっては計画的なものかもしれないが、それ以外の人たちにとっては創発的に、つまり想定していない形で出現する。 学習モデル まず行動することから始める。試行錯誤を通じた学習により、戦略上のポジションとパースペクティブが出現する。その過程では、十分な知識をもっていて活発に活動する人たちが組織のいたるところにあらわれて、互いの成功を支援し合う。
ヘンリー・ミンツバーグ