福岡第一の堅守を誰よりも表現したエースストッパー、『一般組』の森田空翔「自分が相手のエースを止めればチームは勝てるの思いで」
「先生を信じて3年間頑張ってきて良かったと思います」
ウインターカップでは不動の先発として活躍した森田は、一般入部から学年を重ねるごとに存在感を高めていった叩き上げだ。元々、部員が多い福岡第一だが2018年、19年と河村勇輝を中心にウインターカップ連覇を達成し、多くの中学生プレーヤーを魅了したことで、さらに入部希望者が増加した。その結果、森田の代は1学年40名超えとかつてない大所帯となった。ある程度、部員が多いことは覚悟していた森田にとっても、この人数は想定外の多さであり、周囲の雰囲気に圧倒されたと振り返る。 「初めてみんなの顔を見た時、絶対うまいやん、顔がうまいやんみたいな(笑)。入る高校を間違えたと思いました。試合に出られなくても、とりあえず3年間やりきろうという感じでした」 このように自分が主力になれると想像していなかった森田だが、チーム内での序列を着実に高めていった。「1年生の時は試合に出られるとは全く思っていなかったです。2年生から徐々にAチームに入り、試合の最後の方で出してもらったりしていました。それで去年のウインターカップはベンチメンバーに入れてもらいましたが、最後に決勝で負けて本当に悔しい思いをしました。今年は絶対に、最後は笑って終わりたいという思いでした」 そして迎えた最終学年、主力の一角として飛躍が期待されたが、インターハイの前日練習でルーズボールを追った際に左手を骨折し、2カ月間に渡って練習ができなかった。さらに復帰直後にも「11月3日、(ウインターカップ予選で)大濠さんとやった時に逆の指をケガしてしまいました。それで2、3週間バスケができなくなりチームに迷惑をかけてしまいました」と故障に苦しめられていた。 まさに逆境続きの森田だったが、それでも自分のできること、やるべきことを地道に積み重ねてきた成果を、高校最後の大会で存分に発揮した。「多分、自分が一番、3年間で井手口先生に怒られました。『なんだよ……』みたいに思ってしまったこともありましたけど、先生を信じて3年間頑張ってきて良かったと思います」 森田はこのように濃密な3年間を振り返った。森田本人は否定するかもしれないが、40人以上の大所帯で最も怒られたというのは、それだけ普段から目をかけられていたということだろう。そして、森田はウインターカップの大舞台で井手口コーチの期待にこれ以上ない形で応えた。
鈴木栄一