2024年は女性アクション映画の当たり年? 『ロスト・イン・シャドー』で爆走する絶叫地獄
Netflixで配信されたインドネシア映画『ロスト・イン・シャドー』は次の点を観客に約束できる。“死者数と出血量”だ。 【写真】『ロスト・イン・シャドー』迫力の場面写真 エクストリームすぎるアクションがまたインドネシアからやってきた。連日Netflixの「今日の映画TOP10」にランクインする『ロスト・イン・シャドー』は残虐映画を定期的に提供し、このたび『Mr.ノーバディ』続編の監督に大抜擢されたインドネシアの鬼才ティモ・ジャヤントの最新作だ。過剰な人体損壊と大量出血を作家性として誇るティモ・ジャヤント監督は、今回も凄惨な絶叫バイオレン格闘地獄を見せてくれた。 殺し屋組織“死の影”(原文ママ)に所属する殺し屋の少女「13」(アウロラ・リベロ)はひょんなことから同じアパートに住む孤独な少年モンジ(アリ・フィクリ)と仲良くなる。勘のいいものなら既にお察しの通りモンジは闇の犯罪組織に拉致され、『アジョシ』と『レオン』と『泣く男』を足して3で割ったような物語が展開される。公平を期すために言うと、このプロットに大きな注意を割く必要はない。なぜなら凄惨かつ長尺なバイオレンスアクションが物語を明らかに圧迫しているからだ。そのため感情の導線に乗っかるのにいくつかの引っ掛かりを覚えるが、それも悪党の手足がもげたり吹っ飛んだりするのを観れば些細なことであると思えるはずだ。 というわけで『ロスト・イン・シャドー』がどのような映画かと言うと、レジャープールを想像してみるとわかりやすい。絶え間ない絶叫と狂乱、そして大量の血の水飛沫。『ロスト・イン・シャドー』には暴力のすべてがある。素晴らしいことに本作は青木ヶ原樹海の真ん中に居を構えるヤクザ組織が出てくる冒頭から血でなにもかもが染まる最後まで、上記のプロットを語る時間を除き粉骨砕身のアクション(比喩ではなく、文字通り)で満たされている。本作のアクション振り付けを担当するのは、インドネシア・アクション界を牽引する俊英ムハンマド・イルファンだ。彼はティモ・ジャヤント監督の作品でたびたびテクニカルな殺人技と泥臭い暴力を高い次元で両立した振り付けを実現させてきたが、この度も陰惨で、暴力的で、血の匂い香り立つ洗練されたアクションを見せてくれる。 つまり人の頭が吹っ飛んだり、手足がバラバラになったり、血が噴き出したり……そういうものを観たいと常日頃から考えている人は『ロスト・イン・シャドー』を観ないという手はない。独創的で豊かで、自然本来の在り方(つまり、人を刺したりしたら血が大量に出る)を重視した大虐殺が観られるからだ。『ロスト・イン・シャドー』の素晴らしい点のひとつは、登場人物たちの溢れんばかりの生命力だろう。どんなカスの悪党でもしぶとく、泥臭く、そしてボロボロになろうと戦い続ける。モブ悪党もやたらタフなのはインドネシア映画のお家芸になりつつあるが、「売春組織のボスの愛人」という映画でよくいるのにあまり戦っているところを見たことのない人まで手足をズタズタにされてもなお戦うド根性の人だったのは新鮮な驚きに満ちていた。このように誰もがド根性と泥臭い生命力を持つため、血みどろで壮絶で地獄のようなアクションシーンが展開されるが、それが映画に煮えたぎるような熱量を与えている。 話は変わるが、2024年はきっと女性主人公アクション映画というジャンルにおいて特別な年になる。『マッドマックス:フュリオサ』をはじめとして『ポライト・ソサエティ』『密輸1970』『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』など各国から女性主人公アクション映画の傑作が現れた豊作の年である一方、映画界初の女性アクションヒーローと目されるチャン・ペイペイが亡くなられた年でもある。この2024年において、インドネシア産女性主人公アクション映画である『ロスト・イン・シャドー』はゴアすぎる描写とハイテンションな作劇によって全く埋もれない輝きを放つ。 女性主人公アクション映画において「こんな可憐な女性なのに、アクションしちゃいます」という態度が古臭いのは言うまでもない(なにせ1966年に公開されたチャン・ペイペイ主演の映画『大酔侠』ですらそのような態度でないのだから)。実際上記に挙げたタイトルで、そのような態度の作品は一本たりともない。無論そのことをことさら強調するような時代でもないーー例え2022年頃にそのような邦画があったとしても。つまり言いたいのは、こと『ロスト・イン・シャドー』においては「女性主人公なのに、ゴアなアクションしちゃいます」感が一切ないということだ。 これはそもそもティモ・ジャヤント監督がコンスタントに人体損壊映画を撮ってきたというのも大きい。フラットな姿勢で凄惨なゴアをやっており、例え煮えたぎる油を悪党の顔面にぶっかけたとしてもそれは生存と目的完遂のための必然な行為であり、それで人体が大変なことになったとしても自然本来の在り方を描いているだけなのだ。 それはクライマックスにて発生する女性同士のタイマンでも変わりはない。血で血を洗う死闘に「やったった」感はなく、両者ともに血で真っ黒に染まる死闘ぶりに震えることとなる。というか『ロスト・イン・シャドー』ラストのタイマンは2024年でも頭ひとつ抜けて壮絶なので、是非Netflixに加入しその目で確かめてほしい。 ティモ・ジャヤント監督はストーリー面では語るべきところはないという評価もあるが、実のところアクション映画の新しい側面を常に模索しているように思える。例えば『ロスト・イン・シャドー』とトーンを同じくするバイオレンス格闘映画『シャドー・オブ・ナイト』(2018年)では殺し屋×少女ものという定番のジャンルを扱いながら少女と絆を深めるのをそこそこに、あとはひたすらおっさん同士がどつき合う異様な展開を見せた。また、ティモ・ジャヤント監督の前作にあたる『ザ・ビッグ4』(2022年)はファミリー層に向けられた陽気なアクションコメディだが、平然とR18+な人体損壊アクションが炸裂する本当に見たことのないタイプの映画だった。 『ロスト・イン・シャドー』もティモ・ジャヤント監督のフィルモグラフィに倣い、女性主人公アクション映画として今までにない領域に達している。このティモ・ジャヤント監督の新しさを模索する精神が面白さに直結しているかはともかく、凄いものが観られるのだけは間違いない。
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