高校サッカー決勝進出の青森山田にチリ代表狙う異色の怪物サイドアタッカーあり……その名はバスケス・バイロン
「暇さえあれば一人で、ひたすらドリブルしていました。マーカーをいくつも並べて、相手選手だと思って抜き去っていました」 高校進学を前に浦和レッズ、セレッソ大阪、横浜F・マリノスといったJクラブのユースからオファーが届いた。熟慮した末に全国の舞台に近く、2種年代の最高峰プレミアリーグでも戦う青森山田が、さらに成長していくうえでベストの環境だと決断した。 しかし、バスケスを待っていたのは、試合にまったく出られない日々だった。バスケスの能力を認めながらも、Aチームでプレーさせなかった意図を黒田監督はこう説明する。 「どうしても左足に固執するし、すべてバイロンにボールが集まる状況でプレーしていた影響で、守備を教えられたこともなかった。だからこそ干しながら『それじゃあプロに行っても通用しないぞ』と言って、右足や守備を練習させました。努力を積み重ねてきたことが、いまに至る一番大きな要素でしょうね」 卒業後はJ1でもJ2でもJ3でも、ましてやJFLでもなく、今年から数えてJ5にあたる東北社会人サッカーリーグ1部を戦ういわきFCへ加入する。日本語を流暢に話し、日本で暮らした時間のほうが長くなったバスケスだが、プロの世界では外国人枠内で競争を余儀なくされる。 外国人選手は即戦力であることを常に求められる。だからといって、日本への帰化も考えていない。生まれ育ったチリへの憧憬の思いを込めながら、バスケスはこんな未来を描いている。 「自分はチリがすごく好きだし、プライドのようなものも僕のなかにはある。将来は海外でプロとしてプレーしたいし、チリ代表入りも目指したい」
アメリカのスポーツ用品メーカー、アンダーアーマーの日本総代理店を務める株式会社ドームが親会社となり、2016シーズンに新体制をスタートさせたいわきFCは、J1クラブをはるかにしのぐトレーニング環境を完備させている。 日本初の商業施設複合型クラブハウス『いわきFCパーク』の2階には、ドームが運営するトレーニングジムがテナントとして入居。最新鋭の機器が並ぶなかで、チームは「日本のフィジカルスタンダードを変える」を合言葉に、肉体の鍛錬に日々励んでいる。 ただ単に筋骨隆々のボディを作り上げるだけではない。遺伝子検査を介して選手個々に適したトレーニングメニューが考案され、ドームに所属する栄養士の管理のもと、摂取カロリーがしっかりと計算された食事が1日3食、トップチームの選手たちに提供されている。 常識を覆す取り組みに、練習参加したバスケスは感銘を受けた。現在のサイズは175cm70kg。次なるステージへ挑むうえで「体重を4kgから5kgは増やしたい」と思い描く18歳へ、いわきFCへの加入を勧めた黒田監督も「彼にフィジカルがつけば鬼に金棒ですから」と笑顔でエールを送る。 いまはプロ契約選手を段階的に増やしている状況で、大半の先輩選手たちと同じく、バスケスもクラブハウスや練習グラウンドと同じ敷地内にあるドームの物流センターの社員となる。午前中に練習で汗を流し、休憩をはさんで午後に4時間働く日々を心待ちにしている。 「社会に出るうえで、働くことも経験したほうが自分の今後にも生きると思う。練習環境はヨーロッパみたいだし、夢をかなえるための新たな一歩になると思っています」 バスケスの果敢な仕掛けから振り出しに戻した一戦は、激しいゴールの奪い合いへと展開を変える。勢いに乗って勝ち越したものの、その後に再逆転された青森山田は終了直前に執念で3-3の同点に追いつき、突入したPK戦を4-2で制して歓喜の雄叫びをあげた。 「誰よりも悔しい思いをしてきたし、その分、誰よりも努力してきた。そこには絶対の自信をもって、最初で最後の選手権で日本一になっていわきFCへ行って、自分を支えてくれた大勢の方々へ、ピッチの上で恩返しをしていきたい」 再び埼玉スタジアムを舞台に、14日午後2時5分にキックオフされる決勝では流通経済大学柏(千葉)と対峙する。バスケスが右タッチライン際から仕掛けるトリッキーでスピードに乗ったドリブルが、4試合で1失点という相手の堅守に何度も風穴を開けたときに、2年ぶり2度目の頂点が近づいてくる。 (文責・藤江直人/スポーツライター)